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4月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2012年 5月 6日(日)22時20分8秒
返信・引用
  1Q84 BOOK1 (前編)(後編) 村上春樹 新潮文庫
ネプチューンの迷宮 佐々木譲 ポプラ社
屈折率 佐々木譲 講談社文庫
黒頭巾旋風録 佐々木譲 徳間文庫
北辰群盗録 佐々木譲 徳間文庫
駿女 佐々木譲 中公文庫
武揚伝(一)(二)(三)(四) 佐々木譲 中公文庫

4月は11冊でした。
村上春樹の1Q84は、単行本が出たときに買いそびれ、
文庫になるのを待っていましたが、意外に早く文庫化されました。
青豆と天吾がどのように出会うのか、ふかえりは二人にどう関わっていくのか、
興味津々のうちにBOOK1は終わってしまいました。 
 
 

3月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2012年 4月 1日(日)00時06分15秒
返信・引用
  ハロウィンに消えた 佐々木譲 角川文庫
夜にその名を呼べば 佐々木譲 ハヤカワ文庫
愚か者の盟約 佐々木譲 ハヤカワ文庫
堂島物語(5)(6) 富樫倫太郎 中公文庫
昭南島に蘭ありや(上)(下) 佐々木譲 中公文庫
牙のある時間 佐々木譲 ハルキ文庫
無双の花 葉室麟 文藝春秋
散り椿 葉室麟 角川書店
笑う警官 佐々木譲 ハルキ文庫
警察庁から来た男 佐々木譲 ハルキ文庫
警官の紋章 佐々木譲 ハルキ文庫
巡査の休日 佐々木譲 ハルキ文庫
逍遥の季節 乙川優三郎 新潮文庫
奔る合戦屋(上)(下) 北沢秋 双葉文庫

3月は17冊でした。
佐々木譲、葉室凛、北沢秋、乙川優三郎、富樫倫太郎、どれも私好みの作家さん達です。
こんな人たちが書く小説に囲まれて幸せ!
でも寝不足です。
 

2月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2012年 2月29日(水)23時18分4秒
返信・引用 編集済
  雪よ 荒野よ 佐々木譲 集英社文庫
仮借なき明日 佐々木譲 集英社文庫
総督と呼ばれた男(上)(下) 佐々木譲 集英社文庫
新宿のありふれた夜 佐々木譲 角川文庫
くろふね 佐々木譲 角川文庫
鷲と虎 佐々木譲 角川文庫
勇士は還らず 佐々木譲 文春文庫
廃墟に乞う 佐々木譲 文春文庫
非運の果て 滝口康彦 文春文庫
山本五十六の生涯 工藤美代子 幻冬舎文庫
銃・病原菌・鉄(上)(下) ジャレド・ダイヤモンド 草思社文庫

2月は13冊でした。
JBT(銃・病原菌・鉄)は人類史・文明史論なので歯ごたえがありましたが、なんとか読み下しました。
最近こうした文章を読むことは殆どありませんね。意欲の減退です。
 

1月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2012年 1月31日(火)14時19分3秒
返信・引用 編集済
  堂島物語(2)(3)(4) 富樫倫太郎 中公文庫
鉄騎兵、跳んだ 佐々木譲 文春文庫
ワシントン封印工作 佐々木譲 文春文庫
帰らざる荒野 佐々木譲 集英社文庫
夜を急ぐ者よ 佐々木譲 集英社文庫
冒険者カストロ 佐々木譲 集英社文庫
犬どもの栄光 佐々木譲 集英社文庫
五稜郭残党伝 佐々木譲 集英社文庫
冬姫 葉室麟 集英社
もののけ侍伝々 蜘蛛女 佐々木裕一 静山社文庫

1月は12冊でした。
葉室麟さんが5回目の候補作で直木賞をゲットしました。
ずっと応援してきただけに嬉しいです。
書店にはコーナーができましたし、すぐ新刊も出ました。あとで読みます。
「もののけ侍伝々」は送られてきたゲラ原稿を読みました。
 

12月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年12月31日(土)17時13分29秒
返信・引用
  星火瞬く 葉室麟 講談社
刀伊入寇 葉室麟 実業之日本社
鉄の骨 池井戸潤 講談社文庫
海王伝 白石一郎 文春文庫
猫見酒 風野真知雄 朝日文庫
堂島物語1 富樫倫太郎 中公文庫
おこう紅絵暦 高橋克彦 文春文庫
暴雪圏 佐々木譲 新潮文庫
ストックホルムの密使(上)(下) 佐々木譲 新潮文庫
天下城(上)(下) 佐々木譲 新潮文庫
暗闇一心斎 高橋三千綱 文春文庫

12月は13冊でした。
佐々木譲さんにはまりました。これまでも「ベルリン飛行指令」や「警官の血」などを読んでいますが、来年はこの人の文庫本を読破してみようと思います。
年賀状には今年110冊読んだと書きましたが、実際には129冊になります。
来年もたくさん読めるといいのですが・・・。
 

11月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年12月 7日(水)18時15分33秒
返信・引用
  蜩ノ記 葉室麟 祥伝社
無事、これ名馬 宇江佐真理 新潮文庫
深尾くれない 宇江佐真理 新潮文庫
甘露梅 宇江佐真理 光文社文庫
玄冶店の女 宇江佐真理 幻冬舎時代小説文庫
聞き屋与平 宇江佐真理 集英社文庫
お仙探索手帖 酉の市 山内美樹 静山社文庫
ヘタな人生論より藤沢周平 野火迅 河出文庫
有頂天家族 森見登美彦 幻冬舎文庫
美女と竹林 森見登美彦 光文社文庫
きつねのはなし 森見登美彦 新潮文庫
ピース 樋口有介 中公文庫
海狼伝 白石一郎 文春文庫
警視庁情報官シークレット 濱嘉之 講談社文庫

11月も14冊でした。
宇江佐真理さんの文庫は、とりあえず現在出版されているものは全部読みました。
久々に森見登美彦さんの本を読みましたが、「きつねのはなし」と狸が主人公の「有頂天家族」は、
まったく作風が対照的で、興味深く読みました。
 

10月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年11月 1日(火)00時15分9秒
返信・引用
  水雷屯 杉本章子 文春文庫
狐釣り 杉本章子 文春文庫
きずな 杉本章子 文春文庫
火喰鳥 杉本章子 文春文庫
その日 杉本章子 文春文庫
銀河祭りのふたり 杉本章子 文春文庫
おまえさん(上)(下) 宮部みゆき 講談社文庫
狂い咲き 山本兼一 講談社文庫
火盗改特命同心 怪盗仁義 大谷羊太郎 静山社文庫
笑顔千両 宇江佐真理 文春文庫
ひとつ灯せ 宇江佐真理 文春文庫
動かぬが勝 佐江衆一 新潮文庫
一朝の夢 梶よう子 文春文庫

10月は14冊でした。
杉本章子さんの本は先月読んだ「おすず」の続編で、信太郎人情始末帖シリーズです。
一応これで完結ですが、まだまだ先が読みたいです。
「おまえさん」は待望の1冊。読み応え満点です。
「笑顔千両」はウエザ・リポートと副題がついたエッセイ。面白く読みました。
 

9月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年10月 1日(土)00時38分46秒
返信・引用
  のぼうの城(上)(下) 和田竜 小学館文庫
小太郎の左腕 和田竜 小学館文庫
熊田十兵衛の仇討ち 池波正太郎 双葉文庫
元禄一刀流 池波正太郎 双葉文庫
衝撃を受けた時代小説傑作選 文春文庫
人生を変えた時代小説傑作選 文春文庫
卵のふわふわ 宇江佐真理 講談社文庫
あやめ横丁の人々 宇江佐真理 講談社文庫
おすず 杉本章子 文春文庫
航海者(上)(下) 白石一郎 文春文庫
勝海舟と明治維新の舞台裏 星亮一 静山社文庫
若さま料理事件帳 包丁の因縁 池端洋介 静山社文庫
お寧結髪秘録 千野隆司 静山社文庫

9月は15冊です。よく読みましたねー。
最後の「お寧結髪秘録」はゲラ原稿です。
白石一郎さんの作品は何十年ぶりかで読みました。
杉本章子さんの作品は初めてです。
ちょっとはまりそうです。
 

8月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 9月 2日(金)01時17分38秒
返信・引用 編集済
  SRO(Ⅱ)、(Ⅲ) 富樫倫太郎 中公文庫
チヨ子 宮部みゆき 光文社文庫
負けるのは美しく 児玉清 集英社文庫
桜花を見た 宇江佐真理 文春文庫
深川恋物語 宇江佐真理 集英社文庫
彼岸花 宇江佐真理 光文社文庫
「できません」と云うな 湯谷昇羊 新潮文庫

8月は8冊でした。
「できません」と云うなは、オムロンの創業者である立石一真の生涯を描いた作品ですが、
彼が松下幸之助や盛田昭夫、本田宗一郎に匹敵する、常に創造的であることで社会に貢献したすぐれた経営者であったことを初めて知りました。
 

7月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 8月 2日(火)00時45分15秒
返信・引用 編集済
  箱根の坂(中)(下) 司馬遼太郎 講談社文庫
恋しぐれ 葉室麟 文藝春秋
室の梅 宇江佐真理 講談社文庫
神田掘八つ下がり 宇江佐真理 文春文庫
参議暗殺 翔田寛 双葉文庫
早雲の軍配者 富樫倫太郎 中央公論新社
SRO Ⅰ 富樫倫太郎 中公文庫

7月は8冊でした。
葉室さんは今回も直木賞にノミネートされたものの、結果は残念でした。
北条早雲に惹かれたのは海道さんの「北條龍虎伝」を読んでからですが、
「早雲の軍配者」はその続編が待たれます。
SRO(警視庁広域捜査専任特別調査室)も面白かったです。
 

6月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 7月 4日(月)23時57分0秒
返信・引用 編集済
  天皇の世紀(12) 大佛次郎 文春文庫
哄う合戦屋 北沢秋 双葉文庫
三日月が円くなるまで 宇江佐真理 角川文庫
泣きの銀次 宇江佐真理 講談社文庫
晩鐘 続・泣きの銀次 宇江佐真理 講談社文庫
覚醒 霧村悠康 静山社文庫
鬼面同心隠剣 家慶幽閉 楠木誠一郎 静山社文庫
もののけ侍伝々 京嵐寺平太郎 佐々木裕一 静山社文庫
新三河物語(上)(中)(下) 宮城谷昌光 新潮文庫
箱根の坂(上) 司馬遼太郎 講談社文庫

6月は12冊でした。
「もののけ侍」はゲラが送られてきましたので、それを読みました。
「天皇の世紀」ついに完読しました。
大佛さんは続けて明治の有様を書きたかったのだろうと推察します。
 

5月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 5月31日(火)09時08分27秒
返信・引用
  天皇の世紀(10)(11) 大佛次郎 文春文庫
山本周五郎新編傑作選(1)青嵐 山本周五郎 小学館文庫
山本周五郎新編傑作選(2)山椿 山本周五郎 小学館文庫
山本周五郎新編傑作選(3)夜の辛夷 山本周五郎 小学館文庫
山本周五郎新編傑作選(4)しづやしづ 山本周五郎 小学館文庫
火盗改特命同心 一網打尽 大谷羊太郎 静山社文庫
真剣 海道龍一朗 新潮文庫
悪忍 海道龍一朗 双葉文庫
巡査の休日 佐々木譲 ハルキ文庫
馬上少年過ぐ 司馬遼太郎 新潮文庫
おはぐろとんぼ 宇江佐真理 実業之日本社文庫

5月は12冊でした。
連休中に孫たちが来なかったので、読書量が増えましたね。
 

4月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 5月 3日(火)00時51分50秒
返信・引用 編集済
  隠蔽工作 志摩峻 静山社文庫
若さま料理事件帖 秘伝語り 池端洋介 静山社文庫
奥医師秘帳 千両香典事件 北川哲史 静山社文庫
忍びの国 和田竜 新潮文庫
乱世疾走 海道龍一朗 新潮文庫
北條龍虎伝 海道龍一朗 新潮文庫
我、言挙げす 髪結い伊三次捕物余話 宇江佐真理 文春文庫
アラミスと呼ばれた女 宇江佐真理 講談社文庫
放課後はミステリーとともに 東川篤哉 実業之日本社
謎解きはディナーのあとで 東川篤哉 小学館

4月は10冊でした。
「髪結い伊三次」のシリーズは毎年1冊書き下ろして、
その物語ごとに1年が経過するのだそうです。
登場人物が回を追うごとに成長する様が楽しみでもあります。
 

3月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 4月 2日(土)13時04分25秒
返信・引用 編集済
  天皇の世紀(7)(8)(9) 大佛次郎 文春文庫
絵で見る明治の東京 穂積和夫 草思社
深川にゃんにゃん横丁 宇江佐真理 新潮文庫
百年の亡国 海道龍一朗 講談社文庫
キャットと王立劇場のダイヤモンド ジュリア・ゴールディング 静山社

3月は7冊でした。
「百年の亡国」は、大阪に住む友人のO君の紹介本でした。読み応えがありました。
海道龍一朗の本を少し読んでみたいと思います。
「キャットと…」はパイロット版です。
児童書ですが、ワクワクする冒険小説で面白かったです。
 

2月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 2月28日(月)01時22分23秒
返信・引用
  天皇の世紀(3)(4)(5)(6) 大佛次郎 文春文庫
紫同心江戸秘帖 深川女狐妖艶 大谷羊太郎 静山社文庫
お仙探索手帖 鐘の音 山内美樹 静山社文庫
橘花抄 葉室麟 新潮社
川あかり 葉室麟 双葉社

2月も8冊でした。
葉室麟さんの小説は単行本を全部初版で持っています。
 

1月に読んだ本

 投稿者:Ca22  投稿日:2011年 2月 2日(水)00時23分25秒
返信・引用 編集済
  何も書かないでいると、この掲示板自体が消えるらしいので、今年からはその月に読んだ本を記録していきます。

「坂の上の雲」人物読本 文春文庫
世に棲む日々(1)(2)(3)(4) 司馬遼太郎 文春文庫
おちゃっぴぃ 宇江佐真理 文春文庫
天皇の世紀(1)(2) 大佛次郎 文春文庫

以上、1月は8冊でした。
別に肩入れしているわけではありませんが、全部文春文庫ですね。
「天皇の世紀」は読み応えがあります。
 

移ります

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月31日(木)18時42分41秒
返信・引用 編集済
  このBBSも丁度100件となり、キリがいいので来年から別のBBSに移ります。
相変わらずウォーキングを中心の日記になるでしょうが、今度は「Ca22のテクテク日記」の
タイトルにして書いていきます。

http://8636.teacup.com/ca22zard/bbs にどうぞ。
 

12月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月31日(木)18時31分24秒
返信・引用 編集済
  12月は沖縄に行ったりして、それなりに充実していましたが、思ったほどウォーキングは出来ませんでした。多分沖縄行きを果たしたことで当面の目標を達成し、それにどう頑張っても宗谷岬には立てないと判ったので、月の後半は少し気が抜けたのでしょう。
父の入院などもあって気持ちが集中できなかったことも要因かもしれません。
それでも243kmを歩き、その累計は2767km、バーチャル日本列島縦断の旅は北海道名寄市の北、美深町まで到達しました。
しっかし北海道は広い!行けども行けども目的地宗谷岬は遠くにあって、なかなか手が、いや足が届きませんでした。結局3000km歩かなければ最北端までは行けないと分かっただけでも収穫です。
一応この企画はこれで終了です。来年はまた違った計画で歩を進めたいと思います。

12月末の体重は62.5kg、体脂肪率は23%でした。これだけ歩いても年初とそれほど変わらないのだから、案外これが私のベストコンディションなのかもしれませんね。
 

名護・やんばるツーデーマーチ(4)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月24日(木)02時07分31秒
返信・引用 編集済
  今回のツーデーマーチに参加して完歩しましたので、九州・沖縄リーグの9大会を制覇したことになり、九州・沖縄マスターウォーカーに認定されました。認定状のほかに帽子とメダルもいただきました。2回制覇、3回制覇と重ねるにつれ、ダブルマスター、トリプルマスターとなり、更に回数を重ねるとスペシャルマスターとかグランドスペシャルマスターとかになるそうです。どこまで回数を重ねることができるでしょうか。とりあえず来年も、既に指宿と宮崎はエントリーしていますがね。
写真は記念の帽子とメダル、沖縄のビールオリオンビールです。
 

名護・やんばるツーデーマーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月24日(木)01時19分53秒
返信・引用 編集済
  13日(日)は30kmコースを歩きます。昨日と同じように4時半には起床し、朝食を食べてホテルに荷物を預け、またもや暗い夜明け前の道を会場まで歩いていきました。
今日のスタートは7時、少し空が白んできてました。はじめは海岸通りを歩きましたが、歩くたびに足元でカリンカリンと音がします。さすが沖縄、浜がサンゴの死がいで出来ているんですね。
そして方向を北にとって坂道をひたすら登り、名桜大学でひと休み。さらにそこからゴルフ場そばの道を登ったり下ったりしながら、嵐山のパイン畑横を歩いていると、道の向こうの民家からお母さんが寄っていきなさいと声を掛けてくれます。聞けば家で採れたばかりのパイナップルがあるから食べなさいと、有難いお誘い。一切れだけいただきましたが、のどが渇いていたこともあって、おいしいのなんの、素晴らしい味でした。嵐山の展望台から見た羽地内海の景色も素晴らしかったです。
この先は急坂をやや小走りに下り、海沿いの道路を歩いた後は、サトウキビ畑の真ん中を歩きます。そこを抜けてから、次第に疲れが出てきました。大分のときと同じで、残り5kmのところから足が動かなくなって、後から来た人達に次々と抜かれてしまいますが、ピッチはあがりません。
なんとかオリオンビール工場に着いたのが12時35分、29.6kmに335分もかかってしまいました。またまたビールをいただいたのですが、今日は5km、10kmを歩いた市民参加者が多く集まっていました。
写真は会場で写してもらったもの、羽地内海の景観、サトウキビ畑を行くウォーカーです。
 

名護・やんばるツーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月24日(木)00時27分6秒
返信・引用 編集済
  12日(土)は、40kmコースを歩きました。午前4時半に起床し、5時からホテルで朝食。まだ暗い夜明け前の道を、会場である名護市21世紀の森屋内運動場まで約2kmほど歩いて行きました。スタートは6時30分。まだ夜が明けてません。北にある羽地ダムを目指し、緩やかな坂道を登ります。陽が登ってくると半袖半ズボンでも充分な気温です。今日も暑い日になりました。
ダムを抜けてマングローブの林があるところまで下ると、大浦湾に出ます。そこからは基地問題で揺れる辺野古のキャンプ・シュワブ(Camp Schwab)付近を通ります。
緩やかな起伏を繰り返すコースを進むうちに名護湾を左手に見る58号線に出て、後は最後の休憩地、オリオンビール名護工場を目指します。工場までで距離は39.7km、時間競争はほとんどここで終わりです。というのも、ここでオリオンビールが提供され、そののど越しを味わったら、あまり動きたくなくなります。工場直出しだから新鮮でおいしかったですよ。ここまでのタイムは420分(7時間)なので、まずまずの歩きです。
少しフラフラしながらゴールして、お茶のサービスコーナーで地元のさんぴん茶をたっぷり頂き、芝生に座ってお昼ご飯を食べました。
美しい花が多かったので写真に撮りました。黄色の花は名前は知りませんが、道端に綺麗に咲いてました。赤い花も名前は知りませんが、ある民家の庭に綺麗に咲いていたのでパチリ。ピンクの花は土地の人にお聞きして名前を知りました。「とっくりきわた」というらしいです。別名南洋桜。とっくりというのは木の幹がとっくりのように中膨れになっている姿から付いたもの、そして花が散ると綿のような実がなるからそのような名前になったそうです。鮮やかなピンクが綺麗でしたよ。

あとで調べたら、黄色の花は「オオバナアリアケカズラ」(熱帯・亜熱帯を代表するツル性の花木で、沖縄では道路わきや海岸に近い公園などに普通に使われている)、赤い花は南アメリカ原産の「ランタナ」(別名シチヘンゲ、その由来は花の色が黄色から橙、赤と変化するから。花によっては白からピンク、紫と変わるものもあり、変化しないキバナランタナやシロバナランタナもあるとのこと)のようです。
 

名護・やんばるツーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月23日(水)19時04分55秒
返信・引用 編集済
  すっかりアップが遅れてしまいましたが、12月11日から沖縄に行き、12日、13日に行なわれた名護・やんばるツーデーマーチに参加してきました。
11日の出発時はコートが必要だったのに、現地は25度という暖かさ。早速空港でそーき蕎麦を食べました。
この日は仕事をこなして、夕方から高速バスに乗って名護に行きました。
写真はそーき蕎麦と沖縄県の代表的な辛味調味料コーレーグースー、沖縄のモノレールです。
 

11月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年12月 1日(火)01時18分9秒
返信・引用
  仕事量が多かった割にはよく歩き、11月の歩行距離は307kmでした。
最近は大濠公園を周回することが多く、大体1周2kmを18分(時速6.6km)で歩くことができるようになりました。このペースで10周までは行けるのですが、20周くらいまでペースを落とさずに行きたいと思っています。ただ40kmも歩くとなると休憩が必要なので、それを含むと時速6kmくらいになるかと思いますが、つまり21周(42km)を7時間で歩けたら、と思っています。
さて、1月からの累計歩行距離は2500kmを超え、バーチャル日本縦断の旅は札幌市に入りました。無理かと思っていた「12月末までに宗谷岬に立つ」ということが、ひょっとしたら可能になるかもしれません。
ところで、体重は62.2kg、体脂肪率は20.0%でした。10月末より少し減っていますが、こんなもんです。
 

100キロウォーク余話

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 9日(月)23時52分17秒
返信・引用 編集済
  先日の大分かぼすマーチに参加したとき、周辺で盛んに100キロウォークのことが話題になっていたのを耳にしました。その話の内容から、おそらく記録が発表されたのだろうなと思い、今日そのサイトを開いてみるとその通りでした。
サイトの内容を転載することは禁じられてますからここでは書けませんが、私の順位は906位でした。22時間17分28秒で、平均時速は4.51kmです。
奥様は1000位以内に入るとは立派と誉めてくれましたが、完歩者の平均時間が22時間09分、時速が4.53kmでしたから、平均より遅かったことになります。そこはちょっと残念。
84歳の方が20時間40分で完歩したことでもあるし、まだまだ頑張らんとね。
次回はなんとしても22時間を切って、できれば時速5kmの20時間を目指したいものです。
100キロウォークのサイトは http://100km-walk.jp/ です。
 

大分かぼすマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 8日(日)23時58分59秒
返信・引用 編集済
  8日は30kmコースです。今度は前日とは真逆の方向に進路を取り、北を目指して歩きます。最初は大分川の土手を上流に向かって歩き、途中から丘を登って大分市美術館に向かいます。そこを通過すると今度は坂を下って、市内を大分ICまで北上しますが、その手前から山道に入り、登り道が続きます。高崎山、鶴見岳、由布岳が並んで見える地点の景色は、もう少し紅葉すると美しいだろうなあと想像させる景観でした。
そしてある地点からは急な下り坂が連続して、ほとんど駆け足になってしまいます。高崎山の裾野を駆け抜けた坂の終了地点は別府湾の田ノ浦ビーチでした。
ここから湾岸道路を歩くのですが、右手にJR日豊本線、国道10号線が並行して走り、左手に広がる別府湾を眺めながら歩くのは実に開放的で、ここが「歩きたくなる道500選」に選ばれなかったのが不思議です。
しかし体は正直で、昨日の疲れが残っていて、膝も腰も足も痛み出して、思うようなピッチで歩けず明らかに昨日とはリズムが違っています。次々と追い抜かれ、離されていきました。口惜しいけれど足がついていかず、追いつけませんでした。
それでも予定していた5時間(300分)でゴールするという目標は、ジャストタイムで達成できましたから、まずまずでしょう。
写真は平和市民公園での開会式、湾岸道路の風景、ゴールした時、です。
 

大分かぼすマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 8日(日)23時22分8秒
返信・引用
  10月7日、8日に行なわれた「大分かぼすマーチ」に行って来ました。
7日は40kmコース(実測40.7km)を歩きました。大分の平和市民公園を出発して南へ向かい、明野アクロス前から九石ドームを通って、佐野植物公園まで行ってから萬弘寺、更に亀塚古墳を通過して海岸線に出て、今度は北上してゴールに向かいます。
快晴で、予報では26度くらいまで気温が上がると聞きましたから、上着は用意せずに歩きましたが、それでもすぐに汗ばんできました。
30km付近から宇和島から来たという元村さんと一緒になり、あれこれ話しながら歩きました。彼も還暦を迎えた丑年で、60歳で定年を選び、今後は好きなことをして過ごしたいと言ってましたが、10月に行なわれた瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチに参加してからすっかりウォーキングにはまってしまったそうです。奥様の希望で来年北海道へ移住するというものですから、北海道で8年過ごしたことのある先輩として、いくつかアドバイスをしたりしました。彼はこのあとバイクで高千穂峡から通潤橋、天草から長崎、九十九島とツーリングするそうです。いつか北海道のウォーキング大会でまたお会いしましょうと言って別れました。
元村さんと一緒に歩いたせいか、非常に早いスピードでゴールしました。目標としては7時間(420分)を立ててましたが、結果は6時間35分(395分)でしたから、40kmを時速6km以上の速さで歩いたことになり、これは出来過ぎです。さすがに疲れましたし、あとでわかったのですが右足の付け根が股ずれをおこしてました。
 

QUウォーク

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 3日(火)14時36分8秒
返信・引用 編集済
  九州大学は2011年に創立100周年を迎えるそうですが、そのイベントの一環として、このウォーキングが企画されたようです。
九大は今年六本松の校舎を全て廃し、伊都のキャンパスに移転したのですが、この移転距離を歩こうということで、西公園から伊都キャンパスまでの18kmをウォーキングコースとしたQUウォークを行いました。今年が第1回目です。
参加者は240名ほどでしたが、若い人が多い大会でした。なかには6才の女の子もいて、小学生の男の子たちも元気に歩いてました。留学生の方々でしょうか、外国人の姿も見かけました。
ちょっと風が冷たかったのですが、天気に恵まれて景色のよいコースを楽しみながら気持ちよく歩きました。8時半頃出発して12時頃に到着ですから、休憩をたっぷりとったゆっくりペースのウォーキングでした。
どうやらこの距離を歩いたことで、バーチャルウォーキングでは青森に到着、いよいよ北海道に上陸します。
 

10月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 3日(火)01時03分28秒
返信・引用 編集済
  イベントの連続で怒涛の如く過ぎていった10月でした。
ウォーキングは4日にふくおかシティウォーキング、10日~11日に100キロウォーキング、 24日~25日に島原ツーデーマーチがありましたが、案の定、10月に入ると仕事の関係で日常のウォーキングがほとんど出来ずに終わり、歩行距離は218kmでした。あと少しで青森市に達するのに足踏み状態です。残すところあと2ヶ月ですが、仕事は年末まで詰まっていますので、この調子だと稚内まではちょっと無理な感じですね。
他に還暦同窓会で京都に行ったり、父の米寿と私の還暦を祝って由布院に行ったりして、いやはやこんなに動いた10月は生涯のうちでもなかったです。
しか~し!
体重は一向に減りません。寧ろリバウンドしてきているのです。
体重は63.4kg、体脂肪率は20.5%とはこれいかに。やはり日常の運動量が減っていることが原因でしょうか。

AKILAさん、投稿ありがとうございます。
楽しかったですね。また機会を見つけてみんなでおいしいものを食べに行くことにしましょう。
そちらもお元気でお過ごしください。
 

おめでとう&お疲れ様

 投稿者:AKILA  投稿日:2009年11月 2日(月)23時20分13秒
返信・引用
   先日はお疲れ様でした。1泊2日とちょっと忙しない感じの小旅行でしたが、こちらも久々に気の紛れる時間を過ごせました。
 改めて誕生日祝いするにあたって、2人ともそんな齢になったんだなァと思ってしまうね。同時に、人生を満喫して欲しいなとも思いました。元気でいてくれることが何よりだけれど、自分がやってよかったと思えることをしてください(オレの台詞じゃないかもしれないケド:笑)。
 

米寿と還暦(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 1日(日)17時49分30秒
返信・引用
  翌日(今日)は朝から雨でした。朝食を済ませて玄関口で記念写真を撮り、帰路につきました。晴れていれば九重の夢大吊橋にでも寄りたかったのですが、かなり強い雨だったので、福岡へまっしぐらでした。
家に着いてから、奥様がお祝いのケーキをプレゼントしてくれました。おいしく頂きました。
写真は旅館の玄関で撮ってもらったもの、ローソクがいっぱいのケーキ、米寿と還暦の2人です。
 

米寿と還暦(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 1日(日)17時32分41秒
返信・引用
  夕食は部屋でとれるタイプだったので、落ち着いて食事を楽しめました。おいしく料理されたものをたっぷり頂きました。
今回は高速道路を車で行ったので、ほとんど旅費はかからず、そのかわりおいしいものを心ゆくまで味わって楽しもう(楽しんでもらおう)という想いで出かけましたので、宿にはちょっと贅沢をさせてもらいました。
でもこれは息子たちが私の退職時に旅行券をプレゼントしてくれたものでまかないましたから、本当、子供たちに感謝です。
温泉にもゆっくりつかって、のんびりした1日を過ごすことができました。
写真は食膳の杏酒で乾杯する父と私、そしていろんな料理のうちから、山女の幽庵焼き、豊後牛の和風ステーキです。
 

米寿と還暦(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年11月 1日(日)17時17分14秒
返信・引用 編集済
  父が10月14日に88歳となり、私が11月1日に60歳となりました。米寿と還暦が一緒にやってきましたので、お祝いに温泉にでも行きましょうということで、由布院に行ってきました。父と私たち夫婦と次男の4人で出かけました。
31日はいいお天気で気温も26度と汗ばむほどでしたが、快適に大分自動車道を走って、山田SAで一休み、トイレ休憩のついでに軽食をとりました。
由布院に入ってから、民芸村に行き1時間ほど郷土資料を見学、それから宿に入りました。
宿は「和風旅館津江の庄」というところで、由布院の中心街から少し離れたところにある落ち着いた雰囲気の宿でした。
写真は大分自動車道の山田SAで撮ったもの、湯布院民芸村での父のスナップです。
 

島原半島ツーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月31日(土)02時44分50秒
返信・引用 編集済
  翌日の小浜温泉コースも20Kmです。会場の小浜マリンパークに8時半頃到着し、9時過ぎに出発しました。いったん海沿いに南下したあと、山沿いに北上するコースで、高度差はそれほどでもないのですが、上り下りの多い道のりでした。
結構早いスピードで歩いたのですが、私は上りが得意で下りが苦手ということが、このコースを歩いてよくわかりました。上りで追い抜いたり追いついたりした人に、下りで抜き返されたり離されたりする繰り返しでした。
折り返し地点を過ぎたところから続く「緑のトンネル」は、道の両側から樹木が覆うように生い茂り、なかなかいいものでした。あとで写真を撮っとけばよかったと思いましたが、その時は前を行く人に追いつきたい一心で歩いてましたので立ち止まる気持ちになれませんでした。
小浜温泉という名前から、どこかにオバマ大統領と関連付けたものがないだろうかと思っていましたが、期待に違わずホワイトハウス風のロッジがあり、オバマ人形が入口に立っていて、建物の壁には「祝・オバマ大統領ノーベル平和賞」の懸垂幕がありました。ふふん。
ピッチをあげて歩いたのですが、歩行時間から推測して、このコースは20kmなかったのではないかと思います。ガイドブックにもコースマップにも正確な距離を書いていませんが、ゴールしたのが11時45分頃、つまり2時間40分程度の歩行時間でしたから、せいぜい15~16kmではなかったかと思うのです。坂道も多かったので、これ以上の距離ではないように思います。ま、いいか。
ゴールしてホテルに預けていた車に戻り、そこを出発した途端に雨が降り出しました。よかったぁと思いましたが、しかし街を抜けるとすぐに、どこかで事故があったらしく車が渋滞して全然前に進みません。30分ほどはノロノロ、ジリジリという移動でした。
諫早から高速に入って、途中のSAで嬉野茶を奥様のお土産に買って帰路につきました。
写真は小浜マリンパークの会場で準備運動する参加者、温泉の湯気をあげているホテル群、ゴールゲートで撮ってもらったものです。
 

島原半島ツーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月31日(土)02時01分45秒
返信・引用 編集済
  すっかりアップが遅れてしまいましたが、10月24日、25日に島原半島ツーデーマーチがあり、これに参加しました。
このツーデーマーチは1日目が島原温泉で、2日目が小浜温泉で行われ、会場が分かれているところが特徴です。ということは宿泊を2ヶ所確保しなければならないのですが、島原温泉のホテルが確保できませんでした。
それで朝3時半に起床して、4時に家を出発、夜の高速をとばして島原へ駆けつけたのでした。ここまでの情熱を駆り立てるのは一体なんなのでしょうか。それは、どうしても今年中に九州沖縄ウォーキングマスターになりたいことと、オールジャパンの認定も今年中に九州を制覇したいという思いからなのです。
さて、夜明けの島原市を駆け抜けて、会場である島原復興アリ-ナに到着したのは予定より1時間早い午前7時でした。車の中で仮眠をとって、8時半頃に会場入りし、9時に出発しました。
20キロコースは最初、いまだに生々しく荒々しい姿を見せる平成新山に向かって歩き、ついでその麓を北上する形で島原城を目指します。武家屋敷通りは歴史の趣のある一画になっていますし、島原城は優雅に聳え立っています。
島原市の中心街には「鯉の泳ぐまち」があって、豊富な湧水が流れる水路にはきれいな錦鯉が泳いでいました。ここは龍馬が歩いた道として全国に売り出そうとしているところです。そこを通過して海岸通りに出ますと、あとはゴールまで一本道です。
ちょうど200分で歩きましたが、なかなかいいペースでした。
ゴール後にコンビニで弁当を買って食べ、そこから国道57号線に出て雲仙温泉を経由して半島の西側にある小浜温泉を目指しました。
これほどくねくねと曲がりくねった道は滅多に経験したことがありませんでしたが、軽快にドライブしました。まだ紅葉には2週間ほど早く、山裾に薄く色づいたモザイク模様は曖昧な感じに広がっていました。
雲仙温泉を抜けたところで睡魔が襲ってきて、これは危ないと思ったのでパーキングエリアに車を止め、1時間ほど寝て、それから小浜温泉のホテルに入りました。
写真は平成新山をバックにした会場ステージ、武家屋敷通りの風景、島原城です。
 

我家も地デジ化

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月25日(日)19時05分25秒
返信・引用
  10月23日、我家に42インチの地デジ対応液晶テレビが届きました。
長男夫婦からの還暦プレゼントです。
勿論、日立のWOOOです。画像くっきり、録画も一発、すばらしい!!
ありがとうございます。
写真は新しいテレビです。小栗旬と水島ヒロのアップ場面で一緒に色男3人衆で写るつもりだったのですが…。
 

還暦同窓会

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月20日(火)01時12分26秒
返信・引用 編集済
  10月17日~18日に京都で還暦同窓会が行われました。高校時代の同窓会で、名称を蒼鷹会といいます。
当日博多からの参加者は16名で新幹線乗り場に集まり、9時発の「のぞみ」で京都に向かいました。途中小倉からは田川を出発した連中が乗り込み、同じ車両に集合してワイワイしゃべりながらの道行きです。何人かは早速缶ビールを開け、早くも宴会モードに突入の感じでした。
京都駅で東京やその他の地区からの参加者と合流しました。今回の還暦同窓会には同窓生66名と恩師4名の計70名が参加しましたが、私たちの同窓は433名いるそうで、うち住所が判明している305名に案内を出したところ、155名から返事が来て、66名が出席、91名が欠席の返事だったそうです。
欠席の返事をされた方々からのメッセージには、仕事や所用で行けないという方もありましたが、病気療養中とか介護で動けずという方々もおり、なかには退職後の仕事探しで余裕ナシという方もいらっしゃって、私たちの歳を感じさせる内容でした。物故者も16名いました。
会は懇談会から始まり、会長挨拶、恩師の挨拶、そして参加者が1分間近況報告をするという順番で行われ、爆笑を誘うものやウーンとうならせるものなど、それぞれに味わいのあるメッセージでした。特にクラス内にAとBに区分され選別された経緯を先生に質問したときなどは、初めて聞くことに「ヘェー」っと思ったものでした。
その後部屋割に従って部屋に入り、一段落してから記念の集合写真を撮り、いよいよメインの懇親会に突入です。U君の司会で進行し、まず校歌を斉唱、続いて関西代表でY君が挨拶、ちょっと遅れてきた恩師のT先生が挨拶して、乾杯しました。
途中から歌手の松浦ゆみさんの歌謡ショーも加わり、会は一挙に盛り上がりました。あちこちで田川弁の会話が広がっています。誰かが盛んに「シェンシェエ、シェンシェエ」と言っているのが聞こえたりします。(「先生、先生」と呼びかけているのです)
「○○しちょるき」「○○やっちょろうが」と高校時代に戻って話しています。
そのうちクラスごとに(AもBも区別なしに)写真を撮り、田川健児の歌を歌って、最後は東京チャーラン会を代表してH君が万歳三唱を行ってお開きとなりました。
勿論二次会が待ってます。宿泊したホテルの2部屋を借り切って、膝を突き合わせて、あれこれと懐かしい話の花が咲きました。お酒も進んで「オレは○○さんに会いたかった」と思わぬ告白をするM君がいましたが、それを冷やかした連中にも、似たような思いがあったのではないでしょうか。青春は瑞々しい響きをもって語られますが、内実は勉強にしても部活にしても苦しくて汗みずくで、言葉に出せなかった思いも沢山あったような気がします。
それらを語りつつ夜は更けていきました。
翌日は朝風呂に入ってから朝食をとり、近くの平安神宮などを散歩してから、京都観光のグループとともにバスに乗り込み、金閣寺~竜安寺~嵐山と巡り、ここで昼食をとってから京都駅に向かいました。
バスガイドさんは私たちの子供よりも若くて、一生懸命なのが可愛くていじらしいくらいでした。そのせいかちゃちゃを入れるオヤジがいて、あまりうるさいので最後に「ガイドさんにせっかくだから田川弁をひとつ教えますから覚えてください」と断ってから「しゃーしぃ」という言葉を教えると、バスの中から笑いが起こりました。田川弁で「うるさい」と言うときに使いますが、「前のオヤジに「しゃーしぃ!」と言っときなさい」と言ったのですがうまく伝わらなかったようです。というのも「それはどういう意味ですか?」とガイドさんが聞くと、そのうるさいオヤジが「愛してるという意味だよ」と言うのです。
そうこうするうちに京都駅でお別れとなりました。東京組としばしのお別れです。再び会うときには何歳になっていることでしょうか。
帰りの新幹線の中でも私の周囲ではビールとお酒で盛り上がっていました。タフな人たちです。新大阪、広島、小倉と次々にお別れして、博多駅でみなさんと別れました。帰りの地下鉄で会長のN君と一緒になり、今回病気療養で参加できなかったY君のことを聞いたり、今後の運営について意見を交換したりしましたが、彼自身も持病がある中でよく世話役を務めてくれており、今回の同窓会も楽しく過ごさせて頂き感謝したいと思います。みんなの当時の顔写真入りの名札を作って提供してくれたM君夫妻や会計のOさんやM君、司会進行のI君とU君、写真係りとHP担当のS君など世話役の皆様全員に感謝します。
写真は旧友のY君と再会して嬉しいショット、32組のみんなと写ったもの、金閣寺で撮ったものです。
 

行橋・別府 100キロウォーク

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月13日(火)01時30分14秒
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  10月10日~11日に開催された「行橋・別府100キロウォーク」に行ってきました。今年後半の最大のイベントとしていたウォーキング大会です。
私は24時間以内の到着を目標としてエントリーし、今夏以降の練習はすべてこの大会でこの時間内に完歩することを目指してのものでした。
行橋の会場には3438名の参加者であふれんばかりでした。参議院議員でもあるあの丸山弁護士も参加していましたが、それよりも驚いたことは参加者を代表して挨拶した5名の方々全員が80代の男性で、最高齢は88才の方だったことです。
午後2時に16時間以内の到着を目標とした方々から出発し、私たち22時間~24時間を目標としたグループは2時20分頃の出発でした。GPS機能を搭載したゼッケンで正確な時刻は記録されることになっています。
第1チェックポイントは中津駅で、36.2km地点になりますが、ここの通過制限時間は22時30分です。私は21時到着を目指してましたが…というのも時速5kmとして7時間余の距離、つまり21時30分頃到着という計算になりますが、そこまで遅いスピードではないので、もう30分早めの時間を設定したのです…でも出発してから1時間ほどは列が混みあって渋滞も発生し、思うようなスピードで歩けず、結局30分遅れの21時30分頃到着しました。お腹が空いたので途中で買ったパンを食べながら歩きました。
ここで膝や足指の関節などとふくらはぎや太腿の筋肉のケアを行い、長袖のTシャツを中に着こんで防寒対策を施し、ついでに奥様と長男にメールを打って(次男はアドレスを知らないので送れません)22時頃に出発しました。
第2のチェックポイントは宇佐ですが、宇佐市に入ってから更に13kmくらい進んだところにあるので、なかなか到着しない感じでした。ここは61.5km地点です。
私の目標は本来なら午前2時30分だったのですが、中津駅出発時に定めた目標は3時でした。中津から25kmほどの距離なので時速5kmとして5時間に設定、ピッタリの到着でした。因みに制限時間は5時30分ですから余裕でした。
ここに到るまでの途中、40kmくらいの地点でウォーカーズハイの状態になって、足の痛みは全く感じず、口笛を吹いて歌を口ずさみながら歩くという、すごくハイテンションな時間がありました。スピードものっていたと思います。多分3kmくらいはそんな調子で、こんなんじゃ最後までもたないぞと自分に言い聞かせながらも、しかし気分がいいのでどんどん人を追い抜いて進んでいきました。
チェックポイントではうどんを食べて暖をとり、家族にメールを打ちました。奥様からはすかさず応援メールが返信され心強く思いました。長男は寝ているようです。
関節と筋肉のケアもしましたが、ここにきてリュックを背負ってきた肩に疲労が溜まってきました。エアソロンパスでとりあえず鎮痛しておきました。
寒さが一段と感じられるようになったので、短パンの上からスラックスを着用し、ベストも着こみました。手には軍手をはめて3時30分に出発です。
出発してから次第に睡魔に襲われてきました。足も痛みます。耐え切れずに70km地点でテーブルとイスを出している店があったので一休みすることにしました。時刻は5時15分頃、ここで早めの朝食をとることにしてみそ汁セット(おにぎりとコロッケ)を食べました。次第に空が白んできます。目覚めた長男から応援メールが入りました。
空は明るくなってきているのに睡魔は一向に抜けず、ヨロけながら歩いているうちに、ついに地獄の七曲り峠に差し掛かりました。入り口で竹の杖を借り、それを支えにして峠を登ります。文字どおり確かに大きなカーブは七つありました。やけくそにそれを数えながら、息をゼイゼイ言わせて最後の直線を登りきると、峠の頂上に辿りつきます。これで目が覚めました。
下りは下りのきつさがあります。足の甲と膝に痛みを感じながら、これをこらえてバランスをとりながら坂を下りて行きます。でも次のチェックポイントまでは我慢できず、残り4kmのところでバス停のベンチを見つけひと休みしました。今回初めて参加という40代の男性と、今回で7回目の参加でうち3回完歩しているという74才のおじいちゃんと、しばし談義しました。
第3のチェックポイントは日出(ひじ)です。ここは86.6km地点で、第2チェックポイントからは約25kmの距離です。私は峠越えもあるので時速4km(約6時間かかる)と設定していましたが、ほぼその通りの午前9時30分頃に到着しました。ここの制限時間は12時30分です。
まず着替えです。スラックスを脱ぎ、ベストを脱ぎ、長袖のTシャツも脱いで身軽になりました。その分リュックは膨らんで重くなりましたが…。
次に体のケアをします。そしてメール。足の痛みは結構なものになっていましたが、ゴールまであと13.4kmと思えばゆっくりでも完歩は達成できる自信はありました。ゴールの制限時間は16時ですから。
でもなんとか12時20分までには到着して22時間を切りたいとの願望が強くなりました。それはこの大会に参加を決めたときからのひそかな目標でもあったのです。
それで休憩時間を少し早めて9時50分に出発しました。計算では2時間30分(150分)で13.4kmなので、時速5.5km出せば22時間以内にゴールできます。
最初の4kmくらいまでは極めて順調でした。この辺まで来ると足を引きずっている人や、ゆっくりそろそろとしか歩けない人や、さかんにストレッチを繰り返してはゆるゆると歩き始める人が多く、リズムよく歩いている人はほとんどいません。だからどんどん追い抜いていきました。
ところが次第に尿意を催し、コンビニに入ってトイレを借り、ついでに昼食用のおにぎりを買ったりして店を出てからはぱったり足が止まってしまいました。コンビニに入っている間にそれまで追い抜いていった人達から抜き返されたのですが、この人達に追いつけないのです。
もう22時間以内はあきらめました。そうすると一挙に疲れが出て、足の痛みは耐えられないほどです。防波堤のような場所で腰を降ろしていると、目の前を続々とウォーカーが通り過ぎていきます。みなさん足の痛みに耐えながら一歩ずつ歩を進めている感じです。
少しでも22時間に近いタイムでゴールして、次回の目標を22時間以内とすればいいじゃないかと思い直し、そうだ歌を歌いながら歩こうとひらめいて(ウォーカーズハイのときを思い出して)、「鉄腕アトム」や「負けないで」や夏の甲子園のテーマソングや「あこがれのハワイ航路」などテンポのよい歌を思いつくままに歌って歩きました。これが実に効果的で足の痛みの感じ方を薄れさせ、リズムよく足が前に出せます。ゴールの的ヶ浜公園までこの調子で歩き続けました。のどは渇きましたがね。
ゴールしたときは手元の時計で12時40分頃でした。先に到着した皆さんに拍手で迎えられてゴール地点に向かう間は、嬉しくもあり照れくさくも感じながら進んでいったのですが、ゴールのテープを切ったときはちょっと誇らしくもありました。
その瞬間の写真は全員にあとで送ってもらえるそうです。
私のタイムは22時間17分28秒でした。完歩証と記念バッヂを授与され、温泉入浴券も頂きました。奥様と長男に「ゴォール!」とメールしてから温泉に行きました。
疲れました。でも達成感はあります。来年も晴れたら挑戦したいです。雨の中を歩くのは勘弁して、というのが今の気持ちです。
温泉で入浴直後に体のケアしたこと、家に戻ってからも同様にケアしたことから、今日目覚めても(11時間寝ました)疲れが出てません。日頃の練習で少しは鍛えられているようです。もっとも年取ってくると疲れは2日後3日後に出るというから、明日以降どうなるかですがね。
写真は、出発前の会場で撮ってもらったものとゴール後に撮ってもらったもの、そして完歩証です。
 

シティウォークinふくおか

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月 4日(日)18時38分35秒
返信・引用 編集済
  今日は第12回シティウォークinふくおかに参加しました。
雲ひとつない秋晴れの爽やかなお天気のもと、私は15kmコースを歩きましたが、実に気持ちのよいウォーキングでした。
この日記は1年前のこのウォーキング大会から始めたのですが、今年は去年より1ヶ月早まりました。なので服装も今年は半袖・短パンという姿です。
去年は初めてのウォーキング大会参加ということで緊張してましたが、今年はいつも歩いているコースなので距離感覚もありますし、リラックスして参加できました。
来年も参加したいと思いますが、先にシティマラソンを5kmか10km走ってから参加してもいいかなと思っています。どうでしょうか。
写真は帰宅後に奥様に撮ってもらったものです。参加賞のスポーツタオルは今年は藤色でした。
 

9月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年10月 3日(土)10時00分9秒
返信・引用
  9月はまた体重がリバウンドしてしまいました。63.2kgです。体脂肪率は19.0%でしたからまずまずだと思うのですが、これだけウォーキングで汗を流しているのに体重が減らないのは何故でしょうか?

ウォーキングは約280km歩きまして、ついに岩手県の花巻市まで到達しました。これから年末にかけては時間がとれなくて、ペースダウンするでしょうね。今年中に稚内までいけるでしょうか。
 

北九州無法松ツーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 9月21日(月)23時59分35秒
返信・引用
  9月20日(日)はツーデーマーチの2日目です。昨日より1本遅い電車に乗って、小倉に8時頃到着し、歩いて勝山公園まで行きました。
今日も20kmコースですが実測は21.9kmです。最初は会場近くの小倉城付近をクネクネと歩き回り、アーケードを抜けて東へ、門司方向へ向かいました。そのうち左手に海(関門海峡)が見えてきて更に進むと大里本町海浜遊歩道という、とても広々とした海沿いの整備された海岸通に出ました。その突き当りが第1チェックポイントの門司赤煉瓦プレイスでした。ここは煉瓦作りの建物が並び建つ観光スポットになっていて、お洒落なレストランがあります。昔は長崎番所が置かれた土地でもあったとかで、鎖国時代には密貿易を取り締まる拠点であったようです。
ここから鹿児島本線のガード下を抜けて市街地を小倉方面に折り返して行きます。ここまでは結構早足で歩きました。
第2チェックポイントは手向山(たむけやま)公園ですが、やや急な登坂路になります。
ここにある4.5mの巨石の武蔵顕彰碑は、宮本武蔵の養子伊織が建てました。「小倉碑文」とも呼ばれ、千百余字の漢文が刻まれた石碑です。ここでは4月13日の巌流島の決闘を記念して、毎年その日に近い日曜日に武蔵・小次郎まつりは行われているそうです。
そこを過ぎると暫くして再び登坂路ですが、ここは結構きつかったです。途中で脱落した人も見かけました。更に進むと「こもれびの小径」という自然遊歩道があり、ここを上ったり下ったりして行きました。このコースはゆっくり歩くにはいいのでしょうが、急ぎ足で歩いていると結構ヒザにきましたね。
そして第3チェックポイントの妙見神社から市街地に下りて、旧中津街道を歩き、ゴールの勝山公園に到着しました。
登坂路が多くて息があがり、チェックポイントでの休憩をきちんと取ったので、思った以上に時間がかかって、到着したのは午後1時近くでした。今日はさすがに足が痛くて疲れました。
お楽しみ抽選会ではお醤油セットが当たりました。ちょっと嬉しかったです。
写真は小倉城の横を歩く人々、赤煉瓦プレイスのチェックポイント、こもれびの小径です。
 

北九州無法松ツーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 9月21日(月)23時03分45秒
返信・引用
  9月19日(土)は朝5時起きで準備をし、博多駅発6時半頃の快速に乗って西小倉へ行きました。会場は勝山公園で、8時前に到着しました。
私は20kmコース(実測20.1km)を選んでおり、8時40分頃出発となりました。
まずは紫川の川沿いに上り、そこから住宅地を西に歩いて、8km付近で折り返し、第1チェックポイントである高見神社に行きました。
高見神社は神功皇后が、新羅・百済・高麗に守護軍を派遣した際、戦勝祈願のため、高祖神12柱を祀ったのが創始と伝えられます。
この神社の階段を駆け上がるくらいの余力をもってここを通過しました。
そこからやや上りの道を登りきると、市立美術館に通ずる自然歩道になっていて、昼なお暗き様を見せており、汗ばんだ体には気持ちの良い空間でした。
ここは美術の森散歩道というそうですが、このあたり一体は金比羅山を中心とした金比羅公園や到津(いとうづ)公園などが広がる市民の憩いの場所のようです。
再び市街地に戻り、第2チェックポイントの夜宮公園を過ぎて、ひたすらゴールを目指します。夜宮公園からゴールまでの6km余りは、1時間ほどでしたから時速6km以上で歩いたことになります。結構スピードを出したのですが、疲れは感じませんでした。足の痛みもそれほどではありませんでした。寧ろ腰痛があとで出てきました。
最後は長崎街道の起点である常盤橋を渡って、紫川沿いに歩き、勝山公園に戻りました。
お天気もよく、素晴らしい1日でした。
写真は、朝の紫川沿いを歩くウォーカーの群れ、第1チェックポイントの高見神社、森林浴がたっぷりできそうな美術の森散歩道です。
 

せっかくウォーク北九州

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 9月18日(金)23時35分33秒
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  今日は明日から行われる「北九州無法松ツーデーマーチ」の付録の「せっかくウォーク」に参加しました。
小倉駅北口に集合して、そこからバスに乗り、下関まで行きます。コースは「関門歴史ロード」と「彦島一周と関門海峡を訪ねる道」の2箇所で、どちらも「歩きたくなる道500選認定コース」です。参加した訳はそこにあります。
「関門歴史ロード」は平家の御霊を祀る赤間神宮を起点として、長府の忌宮神社までのコースです。長府ははじめて行きましたが、戦国武将の大内家滅亡の場所でもあり、幕末には高杉晋作による維新回天義挙の舞台となった功山寺があったり(仏殿は鎌倉建築の国宝)、長府毛利邸(明治天皇が行幸されたときの仮住居「行在所(あんざいしょ)」にもなったという)があったり、その一画には練塀が続き歴史の趣のある通りとなっている古江小路があったりして、とても素晴らしい城下町でした。終点の忌宮(いみのみや)神社は、仲哀天皇・神功皇后が九州の熊襲を平定するためにこの地へやってきたとき、ここに仮の皇居を置いたといわれる場所ですし、隣の乃木神社はご存知乃木将軍を祀った神社といった具合に、歴史満載の土地でした。
長府というのは長門のくにの国府があった場所から名付けられたとのことで、その昔は豊浦(とよら)といわれていました。文武両道をよくする県立豊浦(とよら)高校はその歴史的な名前を現在に伝えています。
その後バスで「老の山公園」まで移動し、この公園で昼食をとりました。小倉から下関までが一望でき、また周防灘に続く関門海峡と日本海側の響灘を見ることのできる場所でした。
小次郎と武蔵の決闘の舞台である巌流島も見ることができました。
昼食後は彦島まで海岸通を歩き、総計15kmのウォーキングでした。
写真は平家を祀った赤間神宮、功山寺にある高杉晋作の銅像、練塀の続く古江小路です。
 

50km歩いた

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 9月16日(水)22時47分26秒
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  今日は気温も高くなく、秋晴れで絶好のウォーキング日和だったので、仕事を中止にして久しぶりに糸島半島を巡る糸島シーサイドコース(私が勝手に名付けたコースですが)を歩きました。
前回歩いたのは5月1日でしたが、このときは49.3kmで610分(10時間10分)かかりました。
今回は距離を調整して50kmにして挑みましたが、538分(9時間を2分切った!)で踏破できました。1時間以上も短縮できて、自分で驚いています。前回ほど疲れも残っておらず、そうとう脚力がついてきたと思います。それと靴がよかったせいもあると思います。
今回は約5kmごとに5分程度の休憩をとるようにしたのですが、前回歩いた経験で、あの場所には座るところがあるとか、ここの自販機で買っとかなければこの先しばらく何もなかったとかが判っていて、休憩も効率よくとることができました。
それと歩いている間は時速6kmのペースを維持しようと心掛け、次の休憩場所までの歩行時間を設定したことも、大幅な時間短縮に結びついたのではないかと思うのです。
これで少しは100kmウォークに自信がつきましたが、40km過ぎてから足の裏と甲がどうにも痛くなってきて、これをどう解消するか、あるいは誤魔化しながら我慢して歩けるものか、そこが課題のような気がします。

ところで、今日は7時に出発して終点の筑前深江駅に午後3時58分に着いたのですが、駅に着くと電車の窓から車掌さんが「これに乗りますか?」と聞いてきました。「どこ行きですか?」と聞くと「福岡空港行きで59分発です。乗りますか?」との返事です。「乗ります!」と答えて、駅員には「中で切符買いますから」と言って、ホームの階段を走って上り、そして下って列車にとび乗りました。まだ階段を走れたことに自分でも驚きましたが、「今日は50km歩いてきたんですよ」と車掌さんに話すと、彼はそのことに驚いてました。
 

8月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 9月 1日(火)02時56分42秒
返信・引用 編集済
  8月はウォーキングに精出して頑張りました。
なんと総歩行距離は353km(ちょっとやり過ぎですね)、1月からの累計歩行距離は1718kmに達して、現在福島県須賀川市まで到達しています。
20kmで187分とか、30kmで295分とかの記録も出しました。
多分練習の成果と思いますが、靴を変えたりウェアを変えたりしたことも、記録更新の要因になっていると思います。それでもまだ30km歩くとヘトヘトになって、10月の100kmウォークを完歩できるかどうか心配です。
体重は62.4kgで、こちらは再び62kg台にリバウンド。61kgの壁を打ち破れません。
体脂肪率は18.5%でした。筋肉質になってきているということでしょうか。

8月は熊本で仕事中に車の接触事故に会い、車はまだ修理中です。なにしろ、ハザードランプを点けたまま急に右に発進するのだから、横を通り抜けようとしていた私は避けようもなく、車の左側は擦られて凹みました。保険会社も100%相手側の過失を認めたので、今回当方からの保険請求はなしで済みましたからよかったものの、代車は不慣れなので運転しづらく、早く修理を終えて戻ってこないかなと心待ちです。

8月はマンションの理事の任期を終えた月でもありました。1年間という短い期間でしたし、また単なる理事職でそう重い仕事をこなしたわけでもないのですが、毎月の理事会には欠かさず出席して、臨時総会を開いて管理会社を変更するなどの経緯もありつつ、なんとか任期満了までこぎつけたので肩の荷を降ろした気分でほっとしています。
 

みーちゃんが来た~!(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 8月15日(土)23時59分29秒
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  夏休みになって、長男夫婦が東京から高速を利用してやって来ました。勿論、孫のみーちゃんも一緒です。
20時間以上のドライブで両親はクタクタでしたが、みーちゃんは元気元気!到着すると駆け寄って抱っこを求めました。なんて可愛いんでしょう!
スイカを食べたり、ぶどうを食べたり、アンパンマンの吸盤オモチャで遊んだり、バランスボールをころがしたり、電車ごっこしたり、一緒にドラムを叩いたり、博多ラーメンを食べに行ったり、公園で遊んだり、セミを見に行ったり、ひいじいちゃんのおうちに遊びに行ったり、アンパンマンのカキ氷を食べたりと、いろんなことを経験しました。
前回お正月に来たときと違うのは、言葉をいくつか覚えて、それを使って会話ができることでした。では、みーちゃん語録を残しておきますね。
パパ、ママ、ジジ、ババ、ブーブー(車のこと)、ガタンゴトン(電車のこと)、アカ(赤色)、アオ(青色)、ナイナイ(しまうこと)、バー(いないいないばーをするとき)、コロンコロン(バランスボールを転がすこと)、タントン(ドラムを叩くこと)、クリュクリュ(紙を折ったり丸めたりすること)、ミンミン(セミのこと)、ネンネ、バイバイ、オイシー(本当においしいとき)、ニュウニュウ(牛乳のこと)、アイス、ドウゾ、ナァニ(ものを尋ねるとき)、ハッパ(葉っぱ)、ウンチなどなど。他に気付いた方は書き込んでください。
まだ接続詞が使えないので、例えば「ジジ、タントン、どうぞ」といったふうに会話をしてきます。言葉は発せませんが、アンパンマンのキャラクターを全て見分けますし、「ナァニ」と聞いてきて「ニンジン」と教えてあげると、次からはニンジンを理解する様子です。いやぁちょっと見ない間に随分成長するものですね。
この次に会うときにはおねえちゃんになっていますから、また違った成長振りが見れることでしょう。
写真は、ひいじいちゃんと遊んでいるところ、公園で遊んでいるところ、そして美人すぎるドラマーを目指しているところです。
 

梅雨明けしました

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 8月 5日(水)21時41分29秒
返信・引用 編集済
  どうやら昨日、やっと梅雨明けしたようです。でもカラッとは晴れてません。
今年はなにしろ梅雨が長かったし、豪雨もあって7月の中旬以降はほとんどウォーキングできませんでした。雨が降らなかった日でも、いかにも今すぐ降りそうな空模様だったので、結局歩くのを止めたことが多々ありました。
それに今年上半期の最大イベントだった札幌行きが終わって、やや気が抜けた感じになっていて、楽しみにしていた山行きも雨で流れてしまってがっかり。
7月の中旬から下旬にかけては、それこそヒッキー状態でした。
毎月月末にしている体重の計測も忘れてしまっているようなダラダラ生活でしたが、今日計測してみると、体重は61.6kg、体脂肪率は19.5%と、これまでで最も低い数値でした。これでまた頑張れる気持ちになりました。

8月になってから、行事案内が次々と届きました。
まず、高校時代の同窓生から還暦同窓会の案内が届き、10月に京都に行くことになりました。懐かしい友人たちと語りあかすことになるでしょう。楽しみです。
また山楽会からは10月以降の計画書が届きました。でもこちらはウォーキングや同窓会とバッティングしそうで、せっかくのお誘いにもかかわらず、欠席が多くなりそうです。
というのも10月4日は福岡シティウォーキングがあり、次の週は行橋・別府100キロウォーキングがあり、その次の週は同窓会、更にその次の週は島原ツーデーマーチがあって、予定が目白押しなのです。
今日、行橋・別府100キロウォーキングの申し込みをしました。初参加であり、勿論完歩することが目標ですが、24時間以内にはゴールしたい、できれば22時間くらいでゴールしたいと思っています。
この大会を乗り切ることを今後の目標において、また体作りを進めていこうと思っています。
 

博多学・札幌学

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 7月 8日(水)19時20分24秒
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  今回札幌に行ったときに、千歳空港の書店で「札幌学」という文庫を見つけ、そういえば数年前に「博多学」という本があったけれど…、と思いつつ購入して帰りの飛行機の中で読み始めました。
帰宅して調べてみるとやはり著者は博多学と同じ岩中祥史さんでしたが、この本のことを知っていたら、行く前に読んでおくのだったと今更ながら思います。
今年の3月に発行されてますが、札幌のことが詳しく分析され面白く書かれているので、最新の都市情報として知識を仕入れておけば、札幌に行ったときの楽しみが倍加したのではないかと思うのです。
都市を題材にした比較文化論の領域になるのでしょうが、数年前に酒井順子さんの「都と京」という本を興味深く読んだ記憶があり、私は地理好きということもあって、この種の本は飽きないですね。
多少こじつけのようなところもありますが、地域文化や住民意識の差異が生まれる歴史的背景や地理的背景を分析しつつ紹介してくれるので、一般的な観光案内のカタログ誌よりは余程有意義なガイド書となります。
この本も期待にたがわず、札幌の魅力を余さず伝えてくれてますし、「そうだったのか知らなかった」と改めて知った内容も結構ありました。それは「博多学」についても言えます。概ねよく調査研究されて著された本だと、評価できます。
たまたま私は博多と札幌の2つの都市でそこそこの年月暮らした経験があり、そのどちらも知っているので、著者の言い分に「なるほど、なるほど」と首肯しながら読めたのです。
札幌と博多に興味のある方、あるいはこれから訪れようと思っている方は是非ご一読ください。どちらも新潮文庫から出ています。
[追記]
「都と京」も新潮文庫から出てます。これも面白いですよ。私は単行本を読みましたが…。
 

6月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 7月 1日(水)02時32分40秒
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  6月末の体重は61.6kgでした。5月末はこの日記には記録し忘れていましたが、62.2kgで、3月末と同じ数値となって、ややリバウンドしていました。
再び4月末と同じに戻しましたことになります。
どうもこの61kgというのがひとつの壁のようです。

体脂肪率は20.5%でした。
これも5月末は21.5%だったのを4月末の時点にまで戻したことになります。
この体脂肪率も20%が厚い壁になっていて、なかなか突破できません。

6月のウォーキング距離は163.1kmで、累計は1211kmとなりました。愛知県豊橋市まで歩いたことになります。7月中に静岡県を抜けたいものですが、梅雨に入っちゃったものなぁ…。
 

北の都札幌ツーデーマーチ(5)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月26日(金)00時35分52秒
返信・引用
  公園を出てからはひとりでススキノを徘徊し、ラーメン横丁で札幌ラーメンを食べて、いったんホテルに戻りました。
コインランドリーに衣類を放り込んで、お風呂につかって腰を暖め、足の筋肉を揉み解してからシャワーを浴びて汗を流し、バスを出てから少し仮眠をとりました。
洗濯物も充分乾燥できたので明日の帰り仕度をしてから、札幌駅に向かいました。
今晩はかつて勤務していた時代の先輩や部下たちが集まって飲み会を開いてくれるとのこと、嬉しくてワクワクしてきます。
私を含めて17名が集まり、懐かしい顔触れに話しが弾みました。話をして時間が経つにつれ、みなさんの昔の面影がどんどん戻ってきて、あれから20数年経つのにほとんど当時の感覚でしゃべっていました。みんな元気そうで、それぞれからパワーを頂いた気持ちになりましたし、なにより女性陣がみなさん若くて美しいのには驚かされました。お世辞ではありません。いやいや幸福な時間でしたよ。
終わってから記念写真を撮り、2次会に繰り出しました。予約していたらしく、ママさんが日曜日なのにわざわざ店を開けて待っていてくれました。久しぶりにカラオケを楽しみ、懐かしいN節、H節の唄いまわしも堪能しました。
みなさん有難うございました。
 

北の都札幌ツーデーマーチ(4)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月25日(木)00時03分15秒
返信・引用 編集済
  6月21日(日)は、はっきりしないお天気でした。予報では70%の降水確率でしたから、アノラックをリュックに入れて、折りたたみの傘も入れてホテルを出ました。
今日も20kmのコースですが、実測は18.3kmであり、平地ばかりを歩くので、信号待ちのロスを考えても、200分でゴールできるのではないかと考え、それを目標タイムにしました。
会場の中島公園には、地元札幌の出版社に勤務するSさんが既にスタンバイしておりました。今日は一緒に歩きたいとの彼の希望です。
8時5分に出発して、まずは豊平川沿いの河川敷の道を北方向に下っていきます。
「なかなかの運動量ですね」とSさんがやや息を弾ませて話しかけてくるので、少々きついのかなと思い、歩みを遅くしながら「自分のペースでいいですよ」と話すと、「いえ、行ける所まで付いて行きます」と結構力が入っています。
「では、私は私のペースで歩きますので、付いて来れるようでしたら来てください」と断って、時速6kmのスピードに戻しました。
途中からジャリ道になって、歩きにくいことこの上ありません。そのジャリ道が約1km続いてからスイッチバックのように折り返して河川敷の土手に上がり、続いて札幌市東区の市街地に入ります。このときSさんを見かけましたが、100mほど後方を懸命に歩いていました。手を振って健闘を称えますと、笑顔で手を振って返してくれました。
さて暫く東区の市街地を西に向かって歩いて信号待ちしていると、後から追いついた方が、「昨日もこの回文を見ました。ということは昨日もあなたの後ろを歩いていたということですな」と話しかけてきた方がいました。札幌市内からの参加者であるKさんです。
いろいろお話ししていると国鉄~JRの出身とのことで、全国の路線で完全に乗り切っていないのは山口県の美祢線と○○線(スミマセンよく聞き取れなかったです)だけと仰っていました。全て現役時代に出張で路線踏破したらしいです。私の出身の福岡はかつて石炭の掘り出しが盛んな頃、それを運搬するための鉄道が各地に敷かれ、そのため盲腸線といわれる短い路線が数多くありましたが、さすが元国鉄マンのKさん、よくご存知でした。
伏古公園のトイレで用をたして出てみると、Kさんともうひとりの方が前方で少し戸惑い風に歩いているのが見えます。どうやら公園内の道順がよくわからなくて迷っている様子です。
私もわからなくなって、とりあえずKさんたちに追いついてみましたが、少し遠回りをしたようです。それでもなんとか本来のコースに戻れました。もうひとりの方は旭川から来たWさんで、膝が痛くなってペースを落とし、トイレに入っている間に誰もいなくなってしまったと言ってました。確かに前方にはウォーカーらしき人は誰もいません。
地図を頼りに歩いて、東区の美香保公園のチェックポイントに到着しました。美香保公園は子供達が小さい頃遊びに連れてきた公園で、当時のスベリ台も残っていて懐かしく思いました。ここでバナナを頂き、水分を補給して、飴玉を咥えながら再度出発です。
次は北大を目指します。その途中で先程のKさんとまた一緒になりました。今度は千葉のTさんもご一緒です。少し遅れて旭川のWさんも歩いています。Tさんは結構各地を歩いているようで、千葉の大会のこともいろいろ伺うことができました。来週は旭川に行くと聞いたので、後のWさんにそのことを話すと、Wさんはその大会の役員をやっていて、実はアンカーなんです、と言います。一方Kさんは初めてこのような大会に参加したとのことでした。
そんなこんなで北大の中を過ぎ、道庁、時計台、大通り、ススキノを、この4人で会話しながら通過して、ゴールの中島公園に到着しました。時刻は11時25分。きっちり予定の200分でした。幸い雨にもあわずに済み、とても楽しいウォーキングでした。
それから約10分してSさんが到着。「全然追いつけなかった」と言いますが、よく付いてきたものだと感心しました。やはり若さですかね。
北海道マーチングリーグのパスポートを手に入れて、公園を後にしたのでした。
 

北の都札幌ツーデーマーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月24日(水)00時12分7秒
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  午後のウェルカムパーティまでは時間があったので、いったんホテルに戻り、衣服はコインランドリーに入れ、体はシャワーを浴びて、汗を流しました。
15時30分からは中島公園近くのキリンビール園で歓迎パーティです。なにかといえばジンギスカンといわれる北海道名物のジンギスカンを生ビールとともにたっぷり味わいました。
この会場で、前の会社の専務だったIさんを見つけました。「Iさん、お久しぶりです」と挨拶すると覚えていてくださり、「君はいつから(ウォーキングを)始めたの?」と尋ねるので、「大会に出るのは今年の指宿からです」と答えると、「指宿は僕らも行ったよ」と仰います。あとで参加者名簿を調べると確かにいらっしゃいました。人はどこでどう繋がるか分かりませんね。綺麗な奥様とご一緒に全国をウォーキングしながら旅するとは、なかなか充実したリタイヤ生活を送られてます。
「またどこかで会うことだろうね」と再会を約束してお別れしました。
パーティを終わってから地下鉄に乗るために切符を買おうとしていると、「これをお使いなさい」とドニチカというカードを渡してくださるご婦人に出会いました。もう自分には不要だけど、まだ地下鉄に乗るのなら今日いっぱい使えるから、というのです。
有難く頂戴しましたが、1日乗り放題で500円とは安い。ふと宮崎でのことを思い出して、安上がりに済む方法を調べてから行動すべきだったと、ちょっと悔やみました。
そのドニチカを使って大通りまで行き、転勤で福岡から札幌に来ているMさんを尋ね、再会を喜び合って食事をしました。
 

北の都札幌ツーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月23日(火)23時36分34秒
返信・引用 編集済
  6月20日(土)は、朝7時過ぎには中島公園に到着し、受付でゼッケンや記念品の入った袋を頂き、地図を確認したり、例の回文を背中に貼り付けたりして、出発の準備にかかりました。
私は20キロコース(実測22.6km)を選びましたが、30キロコースの人達と合わせて800人くらいの方々と同時に8時頃出発しました。天候は曇り。予報では降ることはないようなので、雨具は持参しませんでした。
大通りのテレビ塔までは人が多く、また大通り公園を西に向かう場所では信号待ちが多くて、全然ペースが上がりません。円山公園を抜け、北海道神社の前を過ぎてからやっとペースが上がってきました。
それまでに何人もの方々から、よくできた回文ですね、と声をかけて頂きましたが、しばらく歩いていると前方に、八代でご一緒した清張ウォークの案内人の山木さんを見つけました。「私は上品な人物です」と書いたゼッケンですぐ分かります。
追い抜きざまに「山木さんお久しぶり、これ見覚えあるでしょう」と背中の回文を見せながら声をかけると、「あ、回文ですね。覚えてますよ」と返事が返ってきました。
更に進むと琴似発寒川の川沿いの遊歩道に出ます。ここを上流に向かって歩くのですが、子供たちが小さい頃、発寒河畔公園に連れて行くととても喜んで川遊びをしていたのを懐かしく思い出しました。
川沿いの緩い上り坂を左に折れると、今度は小別沢トンネルまでかなり急な坂道になります。その途中で前方に気になるゼッケンを付けた方がいました。お名前に「薬袋」と書いています。何と読むかわかりますか?
ご本人にお聞きすると「みない」と読むのだそうです。山梨の甲府地方には何人かこの名前の方々がいらっしゃって、町村合併で名前が変わるまでは、薬袋(みない)という名前の村もあったそうです。名前の由来にまつわる伝説もお話ししてくださり、面白くて愉快な気分になりました。ウォーキングの良さはこんなところにあります。
さて、トンネルの先はかなり急な下り坂で、小走りに駆け抜けましたが、再び緩い坂道を登ることになり、着いた所が旭山公園でした。
ここはチェックポイントになっていて、札幌の市街地を展望できるスポットでもあり、ちょっと一息入れました。銀色に光る札幌ドームが印象的でした。福岡のヤフードームはブロンズ色だものね。
ここを過ぎると再び市街地に戻って、ポツポツと落ちてき始めた雨を気にしながら、只管東へ向かい、中島公園を目指しました。
ゴールは12時10分でした。247分(4時間7分)かかっています。信号待ちの多かったことや峠越えの坂道などアップダウンが結構あったことなどで、遅くなったものと思われます。
 

北の都札幌ツーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月23日(火)00時34分6秒
返信・引用 編集済
  6月19日(金)は、せっかくウォーク「裕次郎とレンガのまち小樽散策」として10kmのコースが提供されました。
午後1時、小樽築港に約100名の方々が集まり、のんびりと海岸通りを出発。
以前の会社の先輩で、現在は札幌に居住しているNさんも参加され、一緒に四方山話を交わしながら歩きました。
ヨットハーバーから水天宮に向かうところは若干の坂道がありましたが、なんなく登坂して、水天宮に安置されている旧樺太の国境線を示す石碑というのを見学しました。
そこを下ってからは、オルゴール堂などが建ち並ぶメルヘン交差点を過ぎて、北一通りと呼ばれる「北一硝子」の工場や展示館がある街に入ります。
平日にもかかわらずかなりの観光客が散策しており、思いがけない賑わいに驚かされましたが、中国、韓国からの訪問客も多数いる様子です。
可愛らしいショップが軒を連ねていて、何を買うでもないウォーカーでも、気分がうきうきするような街並みです。
その通りを過ぎて、旧日銀前から手宮線跡地沿いに線路上を歩き、更に運河公園を目指していきます。石原裕次郎の父上が勤務されていたという旧日本郵船小樽支店前を過ぎて公園に入りました。
団体行動はここまでで、あとは個々に散策してくださいとのことだったので、Nさんと二人で小樽運河に沿った「ふれあいの散歩道」を歩き、もう一度北一硝子まで戻りました。
戻った理由はNさんが甘いものを食べようと提案したからです。
北一硝子3号館のカフェで、ふたりしてクリーム善哉を食べたのですが、何が驚きといって、あの酒飲みのNさんが自分からクリーム善哉食べようと誘ってくれたことです!それに煙草は止めたようだし、信じられない変化です。
でもわざわざウォーキングに付き合ってくれて、相変わらず心遣いが素敵な先輩です。
その夜は彼が馴染みにしてきたススキノの居酒屋で、後輩で現役のK君も交えて一献酌み交わしました。K君も元気に活躍している様子で、楽しいお酒でした。
 

スマイルウォークin千光寺

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月15日(月)02時47分30秒
返信・引用 編集済
  福岡県ジョイランドウォークの認定大会のひとつである「スマイルウォークin千光寺」に参加してきました。
朝6時に起きて、西鉄久留米まで行き、バスに乗って緑花センターで下車。集合会場である
「道の駅くるめ」に9時にお到着しました。かなりの人数の参加者が既に待機していて、先月24日に行われた「スマイルウォークinももち浜」の参加者数の10倍近くいたように思います。
私は当日の飛び込み参加でしたが、15kmコースを選んで、9時45分に出発しました。
柿の果樹園の中を通ったりして、ウォーキングの道とは思えないところを歩いたのが新鮮でした。
王子宮から高良山の久留米森林つつじ園に至る道は山道で、かなり脚力を必要とするハードな道のりでしたが、森林浴が嬉しい自然道のコースでした。
汗をたっぷりかいて、息もあがりましたが、ここで昼食タイムです。おにぎりを3個食べたあと、持参のオレンジをお裾分けすると、とても喜ばれました。こんなところでのフルーツはおいしいんだよね。
そしてここの景色の素晴らしいこと。久留米の平野が一望できます。ここが豊かな郷だということが実観できます。
帰路では下りの道を兜山キャンプ場のほうに歩き(というよりも坂道を小走りに駆け抜け)、千光寺に行きました。
千光寺は紫陽花寺といわれるくらい紫陽花の花が境内を埋め尽くしていて、日曜日の今日は見物客がひっきりなしに訪れていて、駐車場に入りきれない車が近くの路上に溢れていました。
赤、ピンク、白、紫、濃い青、薄い青など様々に色づいた紫陽花の花の群れは、鎌倉の明月院に優るとも劣らない素晴らしい光景でした。
残念ながらデジカメを持って行ってなかったので、画像はありません。悪しからず。

写真を見たい方は↓ここをクリック↓

http://hidema08.exblog.jp/i10

 

久住登山(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月 8日(月)01時01分54秒
返信・引用 編集済
  山楽会の方々は皆さん親切で、なにくれとなく私のことを気遣ってくださり、また久住の山々を丁寧に教えてくれました。
遠くに見える「玖珠富士」といわれる涌蓋山(ワイタサン)、左手の黒岩山とそれに続く上泉水山と下泉水山、目前の星生山(ホッショウサン)とその向こうの三俣山、その間にある硫黄山、右手の久住山、中岳、天狗が城などなど。
西千里ケ浜、北千里ケ浜、東千里ケ浜の話も聞けました。
あとで聞くと、会としては通常月2回登山を行っていて、7月8月は原則お休みなので、年間20回、但し雨と参加者少数のときは中止となるので、大体年間15回ほど行っているとのこと。30名ほどの会員で、出席はほぼその半数くらいということです。
その中でも久住行きは多くて、年間5、6回くらい久住のいろんな山を巡っているそうです。詳しいし、疲れを見せないはずですね。
下山路ではこの時期の久住をよく知っているベテランの方が、ちょっと寄り道と言って私たちを誘い、ミヤマキリシマの群生風景が広がる絶景ポイントに案内してくれました。
それはそれは見事なもので、新緑とピンクの花が鮮やかなコントラストを見せて、私たちの目を癒してくれます。
写真はその風景のごくごく一部です。素晴らしい写真が多くて選びきれません。
牧の戸峠に下山してからバスに乗り、長者原でビールを仕入れて、九重町の温泉館「見晴らしの湯」で汗を流してから帰路につきました。
山楽会の方々にお礼を申し上げ、再会を約してお別れしましたが、会への参加も誘われましたので、その方向で考えてます。
素晴らしい1日でした。
 

久住登山(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月 8日(月)00時35分37秒
返信・引用 編集済
  10時20分に出発して1時間ほど登ったところで休憩をとりましたが、この頃には結構スタミナが消費されていて、見晴らしのよい景色を眺めるのもそこそこに、あと1時間あるのかと考えてしまいました。
しかしきついのはここからで、急勾配の山道を、木の枝を捉まえながら岩に手をつきながら、息も絶え絶えといった按配で、前の人に必死で着いて行きました。
正直、脚の筋肉が悲鳴をあげてツルのではないかと恐れ、また苦しくて吐きそうにもなりました。背負ったリュックも肩に食い込む思いです。たいした重量ではないのですが。
でも山楽会の皆様は平然と(そう見えた)、息もそう上がらずに一歩一歩登っていきます。
平均年齢が70歳近いと聞いてましたから、先輩達に負けていられないというその思いだけが支えでした。
山頂到着は12時10分でしたから、山行時間は1時間40分であり、班長の説明より速い速度で登った勘定です。結構休み休み登った印象でしたが、きつかったのは案外そのスピードのせいかも知れません。でも私が山行に不慣れということが最大の原因なのですが。

しかし、山頂に到着しての眺望は、そんな疲れを一気に吹き飛ばすほど素晴らしいものでした。
ミヤマキリシマが見事に群生しているのです。
お弁当を広げる頃には、きつかったことなどすっかり忘れていました。
写真は扇ケ鼻山頂でお弁当を頂いている光景です。ミヤマキリシマが眼下に広がります。
写真では見えませんが、数多くの登山客がこの周辺の山頂や登山道を動き回っているのが見えました。
ヘリコプターも山開き初日の光景を撮影に飛来して来、何度も旋回して行きました。
 

久住登山(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 6月 7日(日)23時53分33秒
返信・引用
  6月7日の山開きの日、久住に行きました。
5月の蕗採りで知り合ったTさんが所属する山楽会の方々に混ぜてもらって、総勢17名で登山しました。Tさんは別の用事があって不参加。私は誰一人知り合いのいない会に単独で参加しました。
今年は久住山で山開きのイベントが行われるらしく、山並みハイウェイは登山に来た人たちの車で溢れんばかりでした。
今回の山行の目的はミヤマキリシマを愛でることにありましたから、私たちは久住山には登らず、赤川温泉の登山口から扇ケ鼻に登るコースを採りました。
登山口の標高は1050mで、扇ケ鼻山頂は1698mなので、約650mの標高差を登ることになります。班長の説明では中高年の脚力だと300mを1時間で登るのが平均的とのことで、約2時間の登山となりますとのことでした。
登山口到着の頃まではガスがかかっていた山も、登り始めると次第に晴れてきて、暑くもなく寒くもない、高原を渡る風が爽やかな、絶好の日和となってきました。
写真は、正面の扇ケ鼻を目指す山楽会の一行です。この辺まではまだ余裕がありました。
 

秋月記はいい

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 5月18日(月)00時34分17秒
返信・引用 編集済
  しばらく前から、といっても4年ほど前からでしょうか、時代小説を書かれる葉室麟さんのファンになりまして、彼が書いた小説の単行本はすべて初版一刷をもっています。
最近出した「秋月記」はこれまでになく哀愁を帯びた、静謐で腰の据わった筆致が魅力的です。ますます藤沢周平さんの趣に近づいた感があります。
内容は、秋月藩のおかれた窮状を救うべく立ち上がった若者たちによるお家騒動と、その後も続く艱難の日々を乗り切ろうとする主人公の苦渋に満ちた政治的日々を描いていますので、生々しい政争の現実が次々と登場し、決して淡々とした物語の展開ではないのですが、しかしそれを痛々しく重々しくせずに、かといって軽々しく流すことなく、人の気持ちのありようと覚悟の様をしっかりと描いたところに、筆者の力量が伺えます。
角川書店からの発行なので受賞できるかどうか(候補になることも含めて)微妙なところですね。が、私は直木賞のレベルにあると思います。
前回候補となった「いのちなりけり」より数段いいです。読むべし!
 

九州国際スリーデーマーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 5月16日(土)16時13分25秒
返信・引用 編集済
  3日目は球磨川の下流の中洲をあるく20kmコース(実測21.2km)です。
この日は最終日という意識もあったからか、体調もよく、足腰の痛みもさほどではなかったので、ゴール予定時間を12時半(3時間半)としました。時速6kmペースを目指します。
昨日はゴール後に八代城を見学に行きました。天守閣などはなく、内堀と石垣だけが残る城跡ですが、趣はあります。
徳川時代、各藩は1国1城と定められていたのに、加藤清正の息子の加藤忠広のとき、薩摩藩を封じ込める目的があったからだといわれてますが、例外的に2つ目の城としてこの八代城の建造が認められました。
その後加藤家は徳川家によって改易され、代わって細川家が入国しますが、その家臣の松井家が代々この城の城主として勤め、明治まで続いたそうです。
八代は温泉や歴史的遺跡やおいしい食べ物など観光資源が豊富にあるのに、阿蘇・天草ほどメジャーではなく、なにか勿体無い気がしました。
今回のスリーデーマーチは国際マーチングリーグとして認定されるかどうかの調査もかねて行われたとのことですが、是非認定を受けて、世界の八代として知られるようになっていってほしいものです。
さて、コースは球磨川の土手から平地に出て、農道をずっと歩いて行きます。ゴールまで平坦な道ですが、最後の豊葦原神社で急坂があり、ここがちょっときついくらい。
結構ハイピッチで歩いたつもりでしたが、結局ゴールは12時40分、時間にして220分(3時間40分)でしたから、予定時間を10分オーバーしてしまいました。
終わって各種の認定スタンプをもらい、会場の一画でお昼を食べてブラブラし、奥様に新茶のお土産を買ってから駅に向かいました。きつかったけれど、でも楽しい3日間でした。
写真は八代湾に注ぐ球磨川の河口付近の風景。中央に小島が見えますが、どうやら鷺の営巣地になっているらしく、羽を休めている鷺が何羽も見えました。
 

九州国際スリーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 5月16日(土)15時20分29秒
返信・引用 編集済
  2日目は25kmコース(実測25.7km)です。
前日は精魂尽き果てたといった塩梅で、ともかく足の裏が痛くて、体を投げ出すようにしてベッドに倒れこんだのですが、知らずに3時間ほど眠っていました。
起きてバスタブに10cmほど水を張り、そこに足をつけて冷やしてケアしました。これを都合4回ほど行って痛みがとれ、なんとか今日歩ける自信がついた次第です。
今日は昨日とは逆向きに、八代の平野を北へ向かって歩きます。
歩き始めはまた腰が重く、外反母趾も痛んで、時速5kmくらいでゆっくり歩きました。ゴールの予定時間を13時(4時間半)にして、完歩を目指します。
この日一緒に歩いたのは地元の小学4年生のF君で、一人で25kmに参加したというから頑張るなーと感心しました。歩きながら話していると、お父さんは40kmコースを、お母さんと妹は10kmか5kmを歩いていると思いますとのこと。エライエライ。
小学4年生にしては結構早いペースで歩いていたので「大丈夫か、まだ先は長いぞ」と声をかけ、「疲れたら食べると元気が出るよ」と持っていたキャラメルをあげると「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言います。感心。感心。
最初の休憩所で、サツマイモを練ってと小豆をからめた地元のおやつを頂き、麦茶や清見みかんを頂いて一息入れ、トイレに入っている間に、F君はさっさと出発したようです。
彼の姿を求めてややスピードを上げ、4kmほど進んだところで追いつきました。
また一緒に歩きはじめましたが、今度はF君がややバテ気味で、少しスピードが遅くなってきました。なにかと話しかけて次の休憩所までペースを合わせて歩きました。
休憩所ではおにぎりが出て、高菜漬が大きめに切られて皿に盛られており、これはおいしかったです。
ゆっくり食べているF君に「じゃ先に行くから、マイペースで頑張ってね」と声を掛け、そこを出発しました。
残りはまだ7km以上あります。だんだん足裏が痛くなってきました。
そんな私をさっと追い抜いていくウォーカーがいます。背中のゼッケンを見ると太宰府のMさんと読みとれました。どうやら40kmコースを歩いてきたようです。
ある方からすごく早く歩くMさんという人がいるとの話は聞いていましたが、どうやら伝説のその人のようです。多分時速8kmくらいで40kmコースを歩いてきたのではないでしょうか。足の運びが競歩のようでした。年齢は私よりずっと先輩に見えました。驚きです。
最後は球磨川にかかる新荻原橋という長い橋を渡ってゴールしました。
到着時刻は13時05分、予定より5分オーバーの275分でした。
この日到着後に待っていたのは秀岳館高校の生徒による雅太鼓の演奏でした。演奏の出来もさることながら、生徒たちのはじけるような笑顔がすばらしかったです。
写真はウォーキング会場を橋の上から撮ったものです。会場は球磨川の河川敷だったのです。右手の大きなテントのステージで八代亜紀さんが歌いました。
 

九州国際スリーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 5月16日(土)13時40分52秒
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  5/8~5/10の3日間、八代市で九州国際スリーデーマーチが行われました。
5/8は40kmコース(実測42.1km)に参加しましたが、朝から腰痛を覚えて、右足がうまく運べません。
距離も長いし、途中から峠越えの坂道もあることだしと考えて、ともかく完歩しよう、8時間で戻ってこれたら御の字だと自分に言い聞かせて出発しました。
八代は日本3大急流のひとつである球磨川の河口に位置していて、その川沿いの土手を南下するように海に向かって歩きます。左手は川が作った洲が広がる平地があり、広大な農地になっていて、い草を作ったりしています。
12kmほど進むと日奈久の温泉街に入り、温泉旅館のある通りを抜けていきます。ここでは温泉センターの建造が進んでいて、多分来年の今頃には入れるようになるのではないでしょうか。是非入浴してみたい。
そこから更に国道3号線を南下して、二見洲口町というところから左に折れて、山の方に向かいます。この頃には腰はなんともなくなってきましたが、次第に外反母趾の痛みが気になってきました。
山中に「さかもと温泉 憩いの家」という場所があり、ここでちょっと休憩。冷やしたトマトや清見みかんがおいしかったです。ここまでで約25km。時間は丁度12時でしたから、ここでお弁当が食べたかった。
けれどお弁当の受け渡し場所は次の休憩所となっていて、そこまで7.7kmもあるのに、いよいよ道は山道に入っていき、上りの七曲り道にさすがにスタミナが切れてきました。
休憩所の到着が多分13時半くらいになるだろうなと思うと、お腹のすき具合や足の痛さに気持ちが萎えそうになります。
竹之内峠を越えて下りに入ると、足の裏にこたえます。腰をかばってきた右の太腿も張っています。どんどん後から追い抜かれていきました。私は下りが苦手です。
予定より10分遅れて13時40分頃に南部市民センターという休憩所に到着、待ちに待ったお弁当です。冷たい麦茶が一段とおいしく感じられました。
この辺りはあとで気付いたのですが、元の同僚Mさんの出身地であり、彼女の実家付近を通ったのではないかと思います。(あとで彼女にメールで確かめてみたら、多分家を左手に見ながら歩いたのではないかということでした)
さてこの南部市民センターまでで約32km、ゴールまであと10kmほどもあります。4分の3を歩いたから残り4分の1だという意識にはどうしてもなれませんでした。あと10キロもある、という考えのほうが強くて…。結構参っていたのでしょう。
それでも、ペースを落とさずに1歩1歩歩こうと気持ちを奮い起こして歩を進めました。
ゴールは15時40分で、予定の8時間を10分上回ってしまいました。結局峠越えの所でバテた分だけ遅れた感じです。
ゴールしたところで待っていたのは、八代亜紀さんのコンサートでした。間に合ってよかった。
ただで、目の前で、八代亜紀さんの生歌が聴けたのです。やはり「舟唄」は絶品でした。
ところで今回は趣味の回文を大きく書いて、背中に貼り付けて歩きましたが、3~4名の方々に声を掛けられ、「回文作りのコツは?」などと聞かれました。
中にはデジカメで撮らせてくださいと言われた方もいて、丁度竹之内峠を登っていた頃でしたが、立ち止まって背中の回文を撮ってもらいました。声を掛けてきたのはあとで知ったのですが、「清張ウォーク」の案内人をされている山木さんという方で、この方のゼッケンには「私は上品な人物です」とあります。なぜこんなメッセージを書いたかというと、「山木氏は色魔や」という回文で冷やかす同僚がいるとのことでした。
写真は、今回私がリュックに貼り付けて歩いた回文です。
 

山で蕗採り

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 5月 6日(水)18時07分12秒
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  S書店のMさんに誘われて、三郡山に行きました。
三郡山は標高935.9mで、太宰府の裏手にあたるこのあたり一帯を三郡山地というのですが、そこの中心をなす山で、頂上には航空監視用のレーダー施設があります。
今回の登山には、Sさんのお知り合いのT先生が付き添いです。先生は高校の教諭を定年退職後、予備校で教鞭をとられている方で、現役時代は地理を専門に教えておられたとのこと。私も地理の教諭になろうかと思った時代があったほど地理好きなので、初対面にも拘わらず話しが弾みました。
さて、MさんとT先生は毎年のようにGWの1日、三郡山の頂上まで登って、その下りの道々で蕗を採っているのだそうで、今回も主たる目的は蕗採りです。
それにしてもいいお天気で、鶯や相思鳥が囀る山道は、実に気持ちのよいものでした。山藤や三葉躑躅(ミツバツツジ)がきれいに咲いていました。特に山藤はいい匂いを漂わせており、観てよし嗅いでよし、目と鼻とにひと時の癒しを与えてくれます。
蕗のできはMさんによれば、今年は雨が少なかったからか全体に細いとのこと。この細い蕗は佃煮にして食べるのが、保存もきくし一番だそうです。
お弁当のときに、彼が作ったという佃煮を頂きましたが、甘辛くできていておいしかったです。
どのくらい採りましたかね、大型のゴミ袋の約1/3の量は採りました。料理はいつものように奥様まかせですが、ちょっと熱湯に通しただけのものを頂いただけでも、採れたては香りがよくて歯ざわりもよく、おいしかったです。
佃煮の出来具合が楽しみです。
ところで今回エスコートしてくださったT先生は、山登りの同好会で事務長のようなことをされているとのこと、7月にキツネノカミソリを見に井原山に登る会があると聞いたので、案内を送って頂くことにしました。これをきっかけに山登りも復活するかもね。
 

4月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 5月 1日(金)22時48分50秒
返信・引用 編集済
  4月末の体重は61.6kg、体脂肪率は20.5%でした。
目標としたのが体重62kg未満、体脂肪率20%でしたから、まずまずの成果です。
5月末には61kg未満、体脂肪率20%以下を目指すことにします。

ウォーキングのほうは、4月中旬に東京出張があったり、その出張疲れからか下旬は体調を崩したことなどから、あまり歩いておらず、総距離は156.4kmと3月の約半分でした。
それでも日本列島縦断の旅は広島県福山市まで到達しており、5月中には岡山県、兵庫県を抜けて大阪府に入るかもしれません。
今日は糸島半島のシーサイドコースを歩き、JR筑前深江駅まで行きました。距離は49.3km。
朝8時に自宅マンションを出発して、夕方6時には到着するつもりでしたが、10分オーバーでした。
610分(10時間10分)かかった計算になります。これは昼食などの休憩時間を入れた総時間ですから、歩いているときは時速約5kmでした。
しかしヘトヘトです。100kmウォーキングまでにはもっと鍛えなきゃね。
次にこのコースを歩くときは10時間を切りたいです。
 

久留米つつじマーチ

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 4月20日(月)18時39分26秒
返信・引用
  4/19、久留米つつじマーチに参加しました。
今回は仕事の関係で、ツーデーマーチのうち土曜日の大会には参加できず、1日だけのウォーキングです。
快晴、気温も25度を超えるほどで、少々暑くはあったのですが、絶好の日和です。
私は20km(実測20.8km)を歩きましたが、筑紫平野に広がる麦畑を気持ちよく歩くことができました。
前日までの出張で、体のあちこちが張っていて、出かけるときは特に背中が痛かったのですが、歩くうちにこわばりがとれて、気分よくなってきました。
8時30分に出発して、到着は12時12分でしたから、3時間42分(222分)のタイムはまずまずでしょうか。
今回は昔部下だった女性が2名参加して、彼女たちは10kmコースだったので出発のときは会えなかったのですが、ゴールして合流し、車で一緒に帰りました。K君はマラソン経験もあるので、ウォーキングは続けられそうですが、K君にさそわれた形で参加したN君はヘトヘトになっていて、もうウンザリといった様子でしたから続かないようです。
今回は画像はありません。
 

潮干狩り

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 4月12日(日)02時40分42秒
返信・引用 編集済
  室見川の河口まで自転車をとばして、潮干狩りに行きました。
ここはただでアサリを獲っていい場所で、3月から6月にかけて、大潮の日は大勢の人が潮干狩りを楽しみにやってきます。
我家からは自転車で10分くらいのところなので、行こうと思えばいつでも行けるのだけれど、さすがに3月は肌寒くてね。
この日は天気もよく、気温も25度くらいに上昇したので、半袖・半ズボンの恰好でバケツと熊手を持って、潮の引いた河口に降りていきました。
短時間でザクザクとアサリが獲れます。本当にここは豊饒の川です。バケツに半分ほど獲ってから帰りました。
帰宅して、今度は砂抜きします。平らな容器に移して、海水と塩水を混ぜて浸し、新聞紙をかぶせて一昼夜寝かせます。
沢山獲れたので、少しずつジップロックに詰めて冷凍しておきます。こうすればその時必要な量だけ味噌汁にしたり、バター炒めにしたりの料理を楽しめます。もっとも料理するのは奥様なんですけど、おいしく作ってくれますよ。
 

3月は…

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 4月 1日(水)23時42分39秒
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  2月末に65kgだった体重は、3月末で62.2kgとなりました。
体脂肪率も21%だったのが20%となり、こちらのほうは年間目標を達成しました。
4月末の目標は、体重62kg未満、体脂肪率は現状維持の20%です。

ウォーキングは、3月は300kmを超えて歩き、1月の209km、2月の82kmを累計して、
3月までに590kmを超えました。
元日に鹿児島県の長崎鼻を出発したバーチャルの日本列島縦断の旅は、3月末で山口県岩国市に到達しています。
先日は曲渕ダム往復30kmの距離を324分で歩き、遂に5時間半を切りました。

漢検準1級のお勉強は難しいです。読み方を覚えるために意味を知らなきゃならないので、辞典と首っ引きです。
10問でたら7問くらいは読めなくて、1問当たりにかかる調査時間は5分をくだりませんから、全然進みません。
しかも忘れるスピードの早いこと早いこと。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(8)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月28日(土)00時29分9秒
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  平地に出てあとはゴールまで5kmくらいです。途中で唐津から来たという若者二人と出会いました。その気じゃなかったのだけれど騙されて来たなどと言ってますが、結構楽しんでいる様子です。「本当は30kmに参加するつもりだったのに、こいつが遅刻したので20kmに変更ですよ」と相手をからかいながらも、終わったら吉野ヶ里遺跡を見学して行こうと思っていると話してました。
9月に福岡~唐津の100kmウォーキングが計画されていることを話すと、面白そうだなと若者らしい反応です。もしかしたら参加するかもしれませんね。
雨の中に煙る吉野ヶ里遺跡が見えてきました。13:55、やっとゴールです。
初日はあんなに早かったのに、2日目は20kmを290分もかかってしまいました。
認証スタンプを押してもらって、車に戻り、濡れた体を拭いて、乾いたシャツに着替えてから帰路につきました。もうカッパはいやだね。
写真は小雨の中に見える吉野ヶ里遺跡の遠望です。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(7)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月28日(土)00時24分57秒
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  つづら折れの坂道を登りつめた所が「トムソーヤの森」と呼ばれるキャンプ場です。ここが第2チェックポイントになっていて、ここでお弁当を受け取ります。晴れていればキャンプ場のどこかでお弁当を広げてゆっくりするのもいいのでしょうが、雨を避けられるのはテントの中だけとあっては、その気になりません。
しかしこれでも「運がいい」というべきか、テントに入った途端に雨足が強烈になって、「さっきまでは霧雨だったのよ」と言うボランティアのご婦人方も驚くほどの降り方となりました。
先に出発した人や後から続く人々には気の毒なくらい大粒の雨が、容赦なく叩きつけるように降ります。
そんな中で頂いた「猪汁」は絶品でした。猪肉はちょっと歯ごたえのある食感ですが、スープが濃い目に作ってあるので臭みもなく、体が芯からあったまります。
給仕をしてくれたご婦人に「山本富士子さんかと思った」と軽口を叩くと、傍から「のどは美空ひばりさんよ、この人唄がうまいの」と返してくれるご婦人がいます。「ほんと?肌のつやは松坂慶子さんだね」と更につっこむと、どっと笑いがおきます。おいしかったので「もう一杯いいかな」と言えば、「山本富士子さん」は機嫌よく大盛りにしてくれました。
少し小降りになったところで出発し、キャンプ場を更に登っていきます。「これじゃウォーキングじゃなくてトレッキングじゃないかよ」とボヤキながらも山道を進んでいくと展望台に出ました。でもなにも見えません。晴れていれば有明海の向こうに雲仙岳まで見えるらしいのですが。
そこからは下りです。階段状になった山道や、枯葉が腐葉土状になっている濡れた坂道を、滑らないように細心の注意を払いながら降りていきます。
写真はどっしり構えた「山本富士子さん」が「猪汁」を振舞ってくれているところ。顔が写ってないのが残念。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(6)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月28日(土)00時16分1秒
返信・引用 編集済
  今度は川沿いのゴツゴツした石畳を歩いて下るのですが、雨が降っているので滑らないようずっと下を見て足元を確認しながら歩きますから、緩い下りですが結構疲れます。
やがて左に折れて山里に入ると、そこでは水路に鯉が泳ぎ、二連の水車があったり、宝珠寺というところのヒメシダレ桜がさいていたりして、いかにも日本の山里といった風情が味わえる場所に出ます。小雨の中にもかかわらずヒメシダレ桜を見学に訪れていたご婦人方はかなりいた様子で、何人もとすれ違いました。
その一画を抜け出ると、今度は長崎自動車道の脇をずっと歩き続けることになり、約2km進んだところで左に折れて山に入る道を進みます。ここからはつづら折れの坂道、雨はだんだん強くなってきて、はっきり雨粒が感じられる中を前傾姿勢で、息を荒らくして進みます。
写真は神埼水車と呼ばれる二連の水車です。この地域には昔60基もの水車があったそうです。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(5)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月28日(土)00時09分3秒
返信・引用 編集済
  コースは昨日土手を歩いた城原川の、更に上流を目指してその土手を歩きます。少し雨足は緩んできたのですが、山を見ると雲がかかりそこは明らかに雨が降っていることがわかります。その方向に進むのですからカッパを脱ぐことができません。
今回の大会にはオランダから3名の方々が特別ゲストで参加されました。江戸参府400周年を記念して長崎から東京までウォーキングをされているのですが、その一人が雨に煙る山並みを盛んにカメラに収めています。「そういえばオランダにはこれといった山がないからなぁ」と思ったりもしたのですが、彼の体型はお腹ポッコリの肥満系で、「本当にウォーカーなのか」とツッコミを入れたくなるようでした。
川沿いの道を辿りついたところが第1のチェックポイント仁比山公園で、ここで熱いお茶をご馳走になり、次のポイントを目指して出発します。
写真は仁比山公園の川に架かる橋の上から撮ったもので、桜は5分咲きくらいでした。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(4)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月27日(金)23時59分5秒
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  3/22、6時に起床しましたが、体が重いです。昨日の疲れがとれてない感じです。遠征に出たときは何もすることがないから11時前にはベッドに入るのに、家にいるとなんだかんだでいつものように2時頃まで起きていて、明らかに睡眠不足です。
おまけに外は雨。車を出して都市高速に入ってみると、いつもならはっきり見える志賀島も東区の立花山も全く見えません。途中、筑紫野インター付近では雨があがってましたが、鳥栖のジャンクションでは土砂降りです。いよいよ雨の中を歩くことを覚悟しました。
吉野ヶ里に着いても小雨模様で、一向に止む気配はなく、車の中でカッパを装着しました。皆さんもアノラック姿あり、カッパ姿あり、折りたたみ傘を広げて手に持っている方ありと、それぞれ雨バージョンのファッションです。
出発は昨日と同じ9:05、コースは20km(実測20.1km)、今日は山に向かって歩きます。
カッパは鬱陶しいし、寝不足で体は重いし、山道もあるので、今日は時間的なことはさておいて、無理せず完歩することだけを目標としました。
写真は出発直後の隊列です。皆さん雨に備えた装備をしています。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月27日(金)23時54分12秒
返信・引用 編集済
  第2のチェックポイントである神埼市役所の千代田支所では豚汁をご馳走になり、お弁当を受け取りました。お弁当はゴール後に食べることにしてリュックに詰め込み、すぐに出発しました。この後は田手川と平行して走る城原川の土手を上流に向かって歩きます。
約3km続くこの土手は左右を菜の花に縁取られて、遠くの菜の花はまるで黄色い絨毯のように霞んで見えます。
土手から河原に中型の鳥が舞い降りたので、近づいてみるとカラスくらいの大きさです。全体に色が白いので最初は白カラスかと思ったのですが、尾が黒くて長いのでちょっと違います。あとで調べるとカササギだったようです。佐賀平野を中心に分布しているというのでドンピシャです。初めて見ました。
それにしてもいい天気で、汗が止まりません。ピッチをそれほど落とさずにゴールまでやってきました。それでも先頭にはとても追いつけません。多分1km以上は差があったと思います。
到着時間は13:01、つまり236分で完歩したことになります。23.5kmを休憩などを入れても10分/kmに1分遅いペースで歩けたのは、我ながら驚きのハイペースでした。ちょっと嬉しい達成感がありましたね。
完歩証に書かれた番号の抽選で当たったペットボトルのお茶を頂いて、近くのベンチでお弁当を広げ、美味しく食べました。
写真は城原川の河原に広がる菜の花の風景です。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月27日(金)23時26分26秒
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  出発後しばらくは田手川の土手を下っていきます。小学生と思しき2人が調子に乗って先頭を走っていくのが見え、後の大人たちは「どこまでもつやろか」と笑いながら眺めています。
橋を渡ってこんどは農道を通ります。その疎水の脇に植わった見事な辛夷の並木をめでながら、地面を見ると土筆が林立していて、ぽかぽか陽気の早爛漫といった風情を満喫できます。
かの小学生2人がここの道端でブラブラ歩いていたので、「もうへたばったか?」と聞くと「うん、きつい」と情けない声で答えるので「がんばれ、がんばれ」と声を掛けて通り過ぎましたが、その後どうなったやら。まだ5kmも進んでないというのに…。
農道を右に左にと折れて、休憩所となっている高志神社に到着し、ここでお茶を頂きました。黄色のおいしそうなカットパインがあると思ってつまんだら、タクアンでした。糖分を補給したかったのに塩分を取る破目になり、その上「辛いのが好きな人はこっちもどうぞ」と見るからに辛そうな高菜漬けの炒め物を勧めてきます。こっちは辛いのが苦手だっちゅうに!
高志神社を出発して、相変わらず農道を右に左にと折れながら進むと、次郎の森公園に到着、ここでトイレ休憩しました。公園の名前の由来は「次郎物語」です。この公園から約2km先に作家下村湖人の生家があり、そこが第1のチェックポイントになっています。
下村湖人はここで15才まで過ごしたそうですから、まさにこの近辺は次郎物語の原風景となっているのでしょう。
それにしても、ただただ広がる田園風景は、多感な少年にとってはいささか退屈な日常だったのではないかと思ってしまいます。バッタを捕りシジミを獲り木の実を採るには恰好の環境でしょうが、当時のことですから文化的な刺激は少なかったことでしょう。
次のチェックポイントまでの農道を歩きながら、左右に広がる単調な田舎の景色を眺めつつ、そんなことを考えてしまいました。

写真は辛夷の白い花が見事な並木道を歩くウォーカーの方々です。並木道は1kmほど続きました。
 

吉野ヶ里菜の花マーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月27日(金)22時51分16秒
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  3/21、6時に起床し、7時に家を出ました。快晴です。都市高速から九州自動車道をひた走り、鳥栖ジャンクションから長崎道に移り、東背振のインターで降りて吉野ヶ里歴史公園に向かいます。
吉野ヶ里歴史公園は、弥生時代にできたと思われる大規模な環濠集落が発掘され、特別史跡に指定された吉野ヶ里遺跡を中心とした国営の公園と、それに隣接する県立の公園とがミックスされている広大な公園になっています。今日の会場は県立公園の一画である西口の「弥生の大野」という場所です。
丁度8時に到着し、公園入口で30kmコースをスタートしたばかりの集団とすれ違いました。
私はいつものように20km(実測23.5km)を選んでいます。出発式を終えて9:05にスタートしました。
今日は天気もほど良く、コースは田園地帯の平坦な道を歩くので信号も坂も少なく、このところのタイムは10kmの距離に対して100分を切っていたので、もしかしたらこの距離を10分/kmペースで完歩できるかもしれないと思い、先頭グループについて行けるところまでついて行こうと心に期するものがありました。
ですから予定到着時刻を235分後の13時丁度としましたが、さてうまく歩けるでしょうか。
写真は公園到着直後に、西日本新聞社のカメラマンに頼んで写してもらったものです。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(8)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)23時17分28秒
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  円通寺を下り街中に入ると、醤油の醸造元や造り酒屋が軒を連ねる一画を通ります。
ここで甘酒や搾りたての原酒などを振舞われましたが、美味しかったのは日本酒で漬けた梅酒で、実にうまかったです。お金があれば買いたかったほどでした。サンプルで提供された梅酒梅は2個も頂きました。
お酒で気分はよかったのですが、足取りは鈍ってきました。そうこうするうちに姫路から来たというYさんに声を掛けられました。聞けば出身地は飯塚だそうで、K高校を卒業後福岡の大学に進み、就職は大阪だったとのこと。こちらは田川出身なので同郷のようなもの、話しが弾み、昔K高校の柔道部が強くてこてんぱんにやられたことなどを話すと、笑っておられました。奥様と参加されていましたが、ここの大会がウォーキングを始めた最初だったそうです。記念の大会なので毎回参加されており、今回で16回目だそうです。結局このYさんと話しながらゴールしました。楽しかったです。

豚汁を食べるのに並んだことや、坂道が2ヶ所あって時間を食ってしまったことや、最後は割りとゆっくりペースで歩いたことなどから、ゴールの時間は13:18でした。243分(4時間3分)も掛ったことになります。
ここからバスで倉敷市役所まで戻り、各種のパスポートに認定印を押してもらって帰路につきました。
今回参加者は記録しませんでしたが、多分両日で1万人は下らなかったのではないかと思います。
思い出に残るウォーキング大会でした。
写真は造り酒屋「燦然」のご主人が、お酒をふるまわれているところです。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(7)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)23時08分45秒
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  次のチェックポイントに向かうのに高梁川に架かる長い長い水島大橋を渡ります。この橋、2kmくらいはあるのではないでしょうか。左手に見える水島工業地帯の風景を眺めながらここを過ぎると、やがて通町商店街に入りましたが、いずこも同じのシャッター通りの様相。日曜日なのに寂れて見えます。しかしここで「ぜんざい」をふるまわれ、一息つきました。
問題はこの先で、良寛和尚が修行したという曹洞宗の名刹である円通寺まで行くのですが、第2チェックポイントを過ぎたところから、まさに胸突き八丁の上り坂と階段です。心臓バクバクで息が切れ、足がつりそうになりました。
やっとの思いで到着した円通寺は、静かなたたずまいで心やすらぐ空間でした。ここは行基が開いたといわれるお寺で、本尊の聖観音も行基の作と伝えられています。良寛はここで22歳のときから10数年間修行したそうです。
この一帯は桜の名所のようで、桜木が数多くありました。
写真は良寛さんが修行したといわれるお堂で、その名も「良寛堂」です。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(6)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)23時00分41秒
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  3/15、この日も20kmコースを歩きます。天気は快晴、気持ちのよいウォーキング日和です。ところが2kmほども行くと、右足の薬指のあたりがチクチクします。コンビニの駐車場に座り込んで調べてみると、小さな肉刺ができています。バンドエイドを巻きつけて手当てを済ませ、再び歩き始めました。もう大丈夫です。
今日は西に向かい、高梁川を渡って玉島支所まで歩きますが、最初のチェックポイントがある連島西浦小学校までは平坦な道です。昨日の疲れもなく順調に歩いていき、小学校では豚汁を頂きました。昨日好評だったこともあって、大変な数の人々が並んで待っていて、受け取るまでに10分以上もかかりました。
さてここからがかなり急な坂道です。息を荒くして登りつめたところに箆取(ヘラトリ)神社があります。珍しい名前の神社ですが、海上安全を守る神を祀っています。天武天皇のころに目の前に広がる海に箆(ヘラ)の神紋が現れたことから名付けられたと伝えられています。
上りがあれば下りがあるわけで、この箆取神社を後にして今度は階段を下りていきます。
写真はその階段を下る風景です。けっこう急でしたよ。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(5)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)22時53分41秒
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  大原美術館を出て歩いていると「きびだんご」を売っているお土産店がありましたので、立ち寄りました。いろんな味の「きびだんご」をチョイスしていると後から「ご主人、これもって行きなさい。後ろのメッセージが気に入った」と声を掛けてきて、ビニール袋にいれたバラの「きびだんご」を差し出す女性がいます。ここの女将さんのようです。
ウォーキング大会にでるとゼッケンをリュックに付けるのですが、そこに一言メッセージを書く欄があります。私は先に作った「凝る足よ 揉んで貴殿も よし歩こ!」を書いて、回文ですという但し書きを書き入れていたのですが、どうやらそれを読んで気に入ってくださった様子。
すっかり恐縮して御礼を述べ、選んだ「きびだんご」を精算してもらおうとレジに向かうと、再び「これも持っていきなさい」と箱入り団子も追加してくれました。
女将さんありがとうございました。お団子はとてもおいしかったです。
写真はその「きびだんご」屋さんです。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(4)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)22時38分35秒
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  市役所の一画で弁当を食べ終え、体が冷えきっていたのでホテルに帰って熱いシャワーでもと思っていたのですが、帰路を歩いていると体が温まってきたので、せっかくだから美観地区を見学しようと思い、立ち寄りました。
風景そのものは福岡の柳川に似た感じで、ここを散策すると、春めいた日差しの中でゆったりとした時間が過ぎていくような幸せな感覚に包まれます。
街の中心に位置する大原美術館には驚かされました。来てよかったです。ここの美術品は世界の一級品揃いで、美術館自体が国宝級ではないかと思いました。
エル・グレコの「受胎告知」、マティスの「マティス嬢の肖像」、フォートリエの「雨」、藤田嗣治の「舞踏会の前」、中川一政の「少年」「静物」、小島虎次郎の「和服を着たベルギーの少女」などが印象的でした。
満鉄五郎の「習作」は、モデルが研ナオコではないかと思うほど似ているのですが、1913年の作品なのであり得ない事です。当時もあんな感じの女性がいたということでしょう。
ともかく一度は教科書や美術全集などで見たことがある作品が、次から次へと現れてくるので、感動の連続でした。
写真は美観地区の一画で、お堀に浮かべた舟のそばには白鳥が泳いでいます。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)22時34分12秒
返信・引用
  橋を渡って今度は倉敷川の土手を上流に向かっていくのですが、この頃から風がやたらと強く吹いてきて、歩いていても帽子を押さえて前かがみになり、強風に吹き飛ばされないように進む有様です。風速15mは吹いていたのじゃないでしょうか。体がすっかり冷えきってしまいました。
ですからチェックポイントの天城小学校の校庭で、豚汁のサービスがあったのは嬉しい限りで、生き返る心地でした。でも本当はここの豚汁は10kmコース参加者用のもので、20kmコース参加者の分は前のチェックポイントの熊野神社でふるまわれていたらしいのです。しかしタイミングとしてはここで食べるほうが体力回復にはよかったように思います。おいしかったです。
ここまで来るとゴールまではあと5kmくらい。ピッチを落とさないことを心掛けて、ゴールの倉敷市役所を目指しました。
ゴールしたのは12:45で、歩行時間は210分でした。予定時間は13:00としていたので、予想外に速かった内容に満足しています。
写真は小学校の校庭で豚汁を食べているところです。隣にいた中学生に撮ってもらいました。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)22時29分2秒
返信・引用
  9時過ぎに先頭が出発しましたが、参加者が多いためなかなかスタートスタンプを押してもらう地点まで進まず、私が出発したのは9:15でした。今回も私は20kmコースを歩きます。予想通り、2kmほど歩いたところで雨はあがり、カッパを脱いでリュックに詰め込み、身軽になったところで少しピッチをあげていきました。
最初のチェックポイントの熊野神社では、高校生たちがハイタッチをして出迎えてくれました。予約していたお弁当を受け取り、ここで食事をとられる方々も大勢いましたが、私はスルーして次のチェックポイントを目指して出発しました。
この途中で、指宿で一緒だった方(バスで隣に座っておられた女性)に会いました。
この方は数年前に脳梗塞を患ってから歩行が困難になったのですが、それでもそれまで歩いていた40kmを20kmに代えて参加し、出発は40kmコースの方々とともに出て、ストックを2本持ちながらゆっくりペースで歩いています。指宿のときもそうでしたが、その根性たるや見上げたものです。
元気な方といえば、倉敷川の土手を下っていると「風が冷たいねえ」と言って横に並んだ方がいました。見れば白髪のご老人ですが、後ろからスイときて並んだのですから早足です。
「健脚ですね」と誉めると「いやいや。でも年の割には、かな」と言うので、「お幾つですか」と尋ねると「72才」と答えます。その間にもどんどん差が開いていきます。「4、5年前までは40kmを歩いていたんだけどね、今は20kmにしたんだよ」と涼しげに語りながら離れて行きます。もう少し話をしたい私がピッチを上げようとしても、とても追いつけません。一回り以上年上の方に、いとも簡単に追い抜かれてしまいました。
写真は倉敷川の土手を歩く風景です。桜が咲いています。
 

瀬戸内倉敷ツーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月19日(木)22時19分17秒
返信・引用 編集済
  3/13、外は雨。しかも台風並みの強い風が吹いています。雨は止みそうもなく、このため計画変更です。
倉敷は始めての土地なので午前中に家を出て市内見学でもしようかと思っていたのですが、雨では面白くありません。午後3時頃までは仕事をして、それから倉敷に向かいました。
着いたのは午後6時頃。途中の福山市の道路は濡れた気配がなかったのですが、倉敷市内は1日中小雨模様だったようです。ホテルに入ってから、いつものようにコンビニに行き、夕食の弁当とビールと明日の朝食のおにぎりを買って、飲み且つ食べて、早めに寝ました。
3/14は朝7時に起床して、7:45にホテルを出ようとしましたが、年は取りたくないもので、必ずといっていいほど忘れ物をしてしまいます。この日はどうも注意力散漫だったようで、まず宮崎でもやってしまったようにドリンクを冷蔵庫に入れたままで、持参することを忘れてました。
すぐに戻ってこれをリュックに入れてフロントまで来たときに、いつも首に巻いているタオルをしてないことに気付き再び部屋に戻ります。再度部屋を出ましたが、今度は小銭入れを忘れていることに気付き、またまた部屋に戻りました。
こうして出発するまでに何度か往復してしまい、やや焦り気味にホテルを後にしますが、結局いつもポケットに入れているキャラメルを入れ忘れていて、もう「いやはやなんとも…」という気分です。
さて、倉敷の朝は残念ながら小雨です。初めてカッパを着て行くことになりました。
気象予想では9時過ぎからは雨が止むことになっていたので、出発する頃には脱げることを祈りつつ、会場の市役所までを歩いて行きました。皆さんアノラック姿や傘を差しての参加です。
写真はツーデーマーチの入場アーチです。但し撮影はこの日の午後でした。
 

Re: みやざき

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 9日(月)01時35分6秒
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  > No.34[元記事へ]

K16さんへのお返事です。

K16さん、長いレポートを読んでいただき、有難うございます。

今日も20kmを歩きました。
自宅~大濠公園~西公園~百道浜海岸~愛宕浜海岸~自宅のコースなのですが、
初めて行った西公園でちょっと道に迷ってしまいました。
それが影響して225分(3時間45分)もかかってしまいましたが、信号待ちが多かったせいもあります。

今週末は岡山県の倉敷市に行く予定です。またレポートします。
(土筆は奥様の料理で卵とじにしていただきましたが、とてもおいしかったです)
 

みやざき

 投稿者:K16  投稿日:2009年 3月 8日(日)22時29分21秒
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  おつかれさまでした。
またも完歩、すごいですねぇ

100kmウォーキングレースは、おもしろそうですね。
きっと終わったときは精魂尽き果てるようになるのでしょうが、それもまたよいですね
体力のあるうち、私も参加してみたいものです
 

ツバメが飛んでいた!

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 7日(土)23時29分51秒
返信・引用 編集済
  天気がよかったので曲渕ダムまでの30kmコースを歩いてみました。
室見川中流の橋本付近で、なんとツバメが群舞しています。
まだツバメの季節には早いと思うのですが、越冬つばめでしょうか。
ユリカモメと一緒に群れをなして舞い飛んでいる様は、なんとも不思議な光景です。
川面には鴨がいて、白鷺もいて、カメラを持っていけばよかった。

曲渕ダムまでのコースを歩くのは2月1日以来だけれど、そのときのタイムが340分。
今回は339分でしたから、ほとんどペースは変わりません。
大体10kmまでなら時速6km、20kmまでなら時速5.7km、30kmまでなら時速5.3kmくらいだと自分のペースが分かってきました。
練習次第ではもう少し持久力がついて、30kmでも時速5.5kmを出せるようになるかも知れません。

ところで、九州では福岡県の行橋から大分県の別府までの100kmを歩く、耐久レースがあります。
制限時間は27時間。午後1時に出発して夜通し歩き、翌日の午後3時までにゴールすることが条件になります。
理論上では時速4kmで歩いて25時間、20kmごとに30分の休憩をとれば休憩が4回で2時間となり、時間内にゴールできますが、果たしてそううまくいくものでしょうか。
完歩率55%と聞きますから、過酷なウォーキングのようです。
体力のあるうちに一度は挑戦してみたいと思いますが、30km程度でバテバテになるようではまだ無理ですね。
 

みやざきツーデーマーチ(6)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 6日(金)01時11分21秒
返信・引用
  オールジャパンウォーキングカップと九州・沖縄マーチングリーグと歩きたくなる道500選のパスポートに完歩認定のスタンプを押してもらいました。
お弁当を受け取ってバス停に急ぎ、なんとか12:30のバスに間に合いました。ホテルで着替えをしてから荷物を受け取り、宮崎駅から「にちりん18号」に乗って帰途につきました。
今回の大会参加者は2日間で1845人、指宿の大会の18%程度でした。認定対象が少なかったことやハウステンボスの大会とダブったことも影響しているのでしょう。
しかし、宮崎は遠い!これが原因の第一ではないでしょうか。列車に乗っている時間の長いこと。それなのに「にちりん15号」は決してきれいとはいえないし、微妙に臭うし、ドアは手動だし、車内販売はないし、全く旅の楽しさを演出できていません。
観光立県を目指すなら、こんなところから「どげんかせんといかん」ですばい、東国原知事!
 

みやざきツーデーマーチ(5)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 6日(金)01時09分39秒
返信・引用
  折り返し地点からスタジアムに戻って、今度は運動公園内に入りますが、今日は中学校の陸上大会があっているらしく、いたるところで中学生から「こんにちは!」と明るい挨拶を受けます。それはいいのですが、リレーのスタート地点では歩けないほど混雑していて、コースを見失うのではないかと思うほどでした。
やっとのことで12km地点のチェクポイントを見つけ、ここでバナナを半切れ頂きました。おいしかったけれど、今日もここから足腰が重くなってきました。でも昨日ほどではなく、頑張れそうです。
運動公園を抜けてトロピカルブリッジを渡り、サボテンと蘇鉄の植わるロードを、左手に青島を眺めつつ、そこを目指して歩きますが、だんだん疲れてきました。
青島の砂浜を歩くときは歩幅も狭く、なんだかトボトボって感じでした。
ゴールしたときは12:10、時間は195分(3時間15分)、自分としてはできすぎのペースでしたが、多分先頭グループからは2km以上離されてのゴールだったと思います。
写真はゴールしたときにスタンプを押してくれた、かつてのオネエサンに撮ってもらったものです。
 

みやざきツーデーマーチ(4)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 6日(金)01時07分55秒
返信・引用
  3/1、今日は朝6時起きで、朝食後は荷物を整理してフロントに預けてバスセンターへ。
幸いお天気は晴れ、皆と一緒に青島の会場に向かいます。今日のバスは地元参加の方々も多く見受けられました。
今日も私は20km(実測19km)コースですが、前日とは逆に北上してから折り返すコースです。
実は帰りの電車(14:17宮崎発)に乗るには昨日の帰りのバスでは間に合わず、ゴール後の手続きをすばやく済ませ、お弁当もバスで食べることにするにしても、昨日より1分でも早く到着する必要があります。だから最初からピッチを上げて行こうと決めていました。
8:55出発です。先頭グループに付いて行きましたが、たちまち差を広げられ、しかし後にも誰も付いて来ないという状態で、ウォーカーの方と会話をすることもない孤独な歩行となりました。
逆にその分地元の方々と挨拶を交わし、話しをする機会ができたように思います。
スタートして5kmほどで木崎浜の海岸に出ますが、ここはサーフィンのメッカでもあり、多くのサーファーが来てました。多分100人以上は来ていたように思います。その一人に「今日の波の状態はどうなんですか」と尋ねると「最高ッスね」とにこやかな返事。
日曜日、暖かな日差し、さわやかな風、若者と海とサーフィン、さすが南国の休日風景です。
さて、海岸を過ぎるとジャイアンツのキャンプ地で有名なサンマリンスタジアムに向かい、そこを半周してから北上します。
ここでも畑仕事をしていた地元の方から声を掛けられ「どこまで行くのかね」と聞かれたので、「もう少し先まで行って折り返し、青島を1周します」と答えると、「昨日も歩いたんだろ、テレビで観たよ」と言います。「ええ、私は昨日20km歩いて、今日も20km歩きます」と話すと「頑張って!」と励まされました。
写真はサーフィンを楽しむ若者がいる海岸風景です。
 

みやざきツーデーマーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 6日(金)01時05分58秒
返信・引用
  折り返し後は海岸沿いを歩きます。鬼の洗濯板と称される奇岩が続く荒々しい海岸風景を眺めつつ黙々と歩いていると、やがて海の向こうに青島が浮かんで見えてきます。
12km地点のチェックポイントで頂いたミニトマトがおいしかったこと!
これで元気付けられて「よし残りは三分の一だ」と気持ちを新たにしましたが、体が言うことを聞きません。
急に腰が重くなり、足の甲や裏に痛みを感じるようになりました。
2月は風邪をひいて、それが治ったかと思うと、左手の甲に原因不明の痛みと腫れが発症して、救急病院に駆け込むことに。動かすと痛いのでギブスで固定して、点滴で抗生物質を投与する日々が続き、ウォーキングどころではなかったのです。この大会の出場も危ぶまれていました。
なんとか大会までにギブスはとれたものの、練習不足は歴然です。持続力にそのツケがあらわれました。
ペースをガクンと落として、完歩を目指します。やがてコースは住宅街に入り、スタート地点を過ぎて北上します。
そして青島パームビーチホテルの横から再び海岸通りに出て、今度は南下します。
ここはかつて子供たちと海水浴に来たなぁなどと思い出に浸りながら、青島を目指してひたすら歩きます。
青島に架かる弥生橋を渡り、島を一周してからゴールインです。
結局到着は12:35、時間は225分(3時間45分)かかりました。

ぜんざいやお弁当を頂いて、アトラクションを楽しんでからバス停に向かいました。
すると東京の羽村から来られたHさんがワンコインパスというのを持っていて、「これ1枚で1日乗り放題、しかも500円なんだ」と教えてくれるではありませんか。これが気付かされたちょっとした損失の第二弾です。
Hさんはどうしてその情報を知ったの?と聞くと、久留米から来たご婦人から教えてもらったとのこと。
この婦人はいつも現地に到着するや、駅の観光案内で安く泊まれるホテルや交通利用法などを聞くのだそうです。今回もそのようにしてワンコインパスのことを知ったそうです。
いやはや年季の入ったベテラン女性は強かなものです。
ということで、帰りだけでも得するワンコインパスを買い求め、明日の分も買ってからホテルに戻ったのでした。同じバス停で待っていた何人かの人々も私と同じように買い求めていました。
写真はウォーキングコースから見た、かつて子供たちと海水浴に行った浜辺と青島です。
 

みやざきツーデーマーチ(2)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 6日(金)01時03分20秒
返信・引用
  2/28、6:15に起床し、6:30にホテル内で朝食を摂り、昨日確認しておいたバスセンターに向かいました。
天気予報では一時雨のところもあるように言っていたので、念の為折りたたみ傘とカッパをリュックに入れときました。
用意周到、準備万端と自分では思っていたのです。ところが途中で、リュックにドリンクを入れ忘れたことに気付きました。
全然準備万端ではありません。しかし戻って持って来るだけの時間的余裕がありません。
仕方なく近くのコンビニに立ち寄って買い求めましたが、これがちょっとした損失の第一弾。
第二弾は帰るときに気付かされます。
バスセンターで切符を買ってバスに乗り込みましたが、ほぼ全員が本日参加のウォーカーでした。
会場の県立青島亜熱帯植物園に到着して、受付やトイレを済ませて待っていると、まもなく出発式が始まり、体操を終えていよいよ出発です。8:50出発、どうやら雨は避けられそうです。
今日は堀切峠を越えて南下し、折り返して青島を周回して戻る20km(実測19km)コースです。
実際に歩いてみると、峠越えといっても指宿のことを思えば全然楽チンで、峠越えの印象はあまりありませんでした。
途中、梅の花が綺麗に咲いていたのですが、桜じゃないかなと思われる色合いの花も見られました。
折り返しのチェックポイントにいたかつてのオネエサンに聞くと山桜だそうで、宮崎でも一番早く咲く桜として有名なんだそうです。 納得!
写真は堀切峠から見た日南海岸の風景です。
 

みやざきツーデーマーチ(1)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 6日(金)01時01分42秒
返信・引用
  2/27、12:01博多発のソニックに乗って、途中別府で「にちりん15号」に乗り換え、一路宮崎へ。
大分から先の日豊本線は中学3年の修学旅行以来だから、45年ぶりになるなぁと感慨にふけりながらの旅でした。
大分までは約2時間ですが、宮崎まではそこから更に3時間半ほどもかかります。
17:24にやっと到着、駅では法被姿の東国原知事の等身大パネルがお出迎えしてくれます。
しかしなんと宮崎は雨。聞けば今日は1日中小雨模様だったとのこと、傘を取り出してトボトボとホテルに向かいました。
翌日会場まで乗るバスの乗り場がよく分からなかったので、フロントのお姉さんに聞くと、
駅のロータリーに何ヶ所かバス停があるので、そこではないかと曖昧な返事。
当日になって迷うのは嫌なので、今日のうちに調べておこうと、再び宮崎駅に向かいました。
しかし、青島行きのバス停は見当たりません。地元の高校生に聞いても知りませんでした。
駅周辺に宮崎交通の案内所があると聞いたので行ってみると、なんとそこがバスセンターでした。
青島行きがありました。ああよかった、これで明日慌てずに済む、そう思ってホテルに戻り、今日は早めに寝ました。
写真は観光に来ていた若いお姉さんに撮ってもらったものです。
 

Re: (無題)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 3月 5日(木)12時58分22秒
返信・引用 編集済
  > No.25[元記事へ]

K16さんへのお返事です。

K16さんありがとうございます。(返事が遅くなってスミマセン)
風邪のほうはすっかりよくなりました。そちらもお体に気をつけてください。

昨日は室見川の土手で土筆を見つけたので、大量に採りました。
土筆の袴をとるのに時間がかかり、料理までにはいきませんでした。
指先も真っ黒になりました。

みやざきツーデーマーチに2月28日と3月1日に行ってきましたので、
今晩レポートをアップします。
 

(無題)

 投稿者:K16  投稿日:2009年 2月22日(日)00時34分19秒
返信・引用
  秀逸ですね~
他の人にも読んでもらいたいですねぇ

お風邪はいかがですか?
ゆっくり休養をとってくださいませ
 

風邪ひいた

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 2月13日(金)00時31分10秒
返信・引用 編集済
  2月の2日から風邪気味で、それがだんだんひどくなり、このところずーっと寝込んでました。
最初喉がやられて、ウガイしたりノド飴舐めたりしていたのですが、一向に治まらず、
そのうち咳がひどくなって、寝てると咳は治まるものですから、ついつい布団から出られなくなり、
仕事も中途半端に放り出してすっかり冬眠状態になってしまいました。ウォーキングもなしです。
それで久しぶりに手に取ったのが回文の本。
こっちも嫌いじゃないから、今回は川柳仕立てで、そればっかり考えてました。

ウォーキングがらみでは
凝る足よ 揉んで貴殿も よし歩こ!(こるあしよ もんできでんも よしあるこ)

若いウォ-カーの体力とスピードに嫉妬して
また歩く いやはや早い 来るアタマ (またあるく いやはやはやい くるあたま)

川柳ではありませんが、マージャン好きなウォーカーなら、
ポン!カン!ルンルン完歩! (ぽんかんるんるんかんぽ)

こういうのもできますね。
ぽん柑三個さ食べた 左近さん完歩 (ぽんかんさんこさたべたさこんさんかんぽ)

政局がらみで
嘘飽きて 小沢は技を 敵麻生 (うそあきて おざわはわざを てきあそう)

麻生さんがらみで
うろたえて めっきり気力 冷てえ太郎 (うろたえてめつきりきりきつめてえたろう)

お金持ちのお坊ちゃまな麻生さんの政治とは
軸ブレ背伸びのセレブ公事 (じくぶれせのびのせれぶくじ)

風邪薬ばかり飲んでいると思ってしまう
風邪引いた薬のリスク退避是か (かぜひいたくすりのりすくたいひぜか)

飲まずに治ればこれに越したことはないですがね。お粗末さまでした。
 

Re: (無題)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 2月 1日(日)21時36分38秒
返信・引用 編集済
  > No.22[元記事へ]

K16さんへのお返事です。

ありがとうございます。

結構遅くまで起きてますね。
それはともかく、できないときはあまり無理しないことです。
土曜・日曜に10kmくらい歩くくらいならできるのでは?
早寝、早起きしてみるとか。 ね!
 

(無題)

 投稿者:K16  投稿日:2009年 2月 1日(日)02時54分35秒
返信・引用
  完歩おめでとうございます!

順調に体重を落としてますね。
私は増え気味です。

毎日4kmくらい、歩こうかな・・
なかなか難しいですが、昼休みあたりに挑戦しようと思います
 

1月は・・・

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 2月 1日(日)00時33分9秒
返信・引用 編集済
  年頭に立てた目標のうち、体重と体脂肪率については1月の目標値を65kg、25%にしていましたが、
それぞれ64.4kg、21.5%という結果でした。なんとか目標を達成できました。
2月は63kg、21%に設定します。

1月にウォーキングした距離は210kmでした。
合計分数は2183分なので、平均10.4分/km(100mを1分2秒)ということになります。
「キョリ測」というサイトでは地図上で歩いた距離を測ることができるのですが、それを使って、1月2日に鹿児島県薩摩半島の南端、長崎鼻を出発した「バーチャル日本列島縦断歩行」では、1月中に熊本県八代市に入りました。
今年中にどこまで行けるでしょうか。とりあえず、2月もせっせと歩きます。
 

いぶすき菜の花マーチ(5)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 1月29日(木)02時00分10秒
返信・引用
  ゴールして完歩証明のスタンプを押してもらい、次に各種のパスポートにも押印してもらいます。今日は「九州・沖縄マーチングリーグ」のパスポート、「オール・ジャパン ウォーキングカップ」のパスポート、「歩きたくなる道500選」のパスポートに押印してもらいました。いずれも決められた日数と決められた距離以上を完歩しなければ証明印は押されません。日本ウォーキング協会の日本マーチングリーグのパスポートだけは、後日自宅に送られてくることになっています。パスポート入手後は、大会初日にそれを預けて、完歩したら押印して本人に戻すというシステムになっているようです。
さてゴール後のお楽しみは温泉です。「ふれあいプラザなのはな館」に作られた温泉はやや塩辛さを感じさせる塩泉で、そこにつかって汗を落とし、足の疲れをほぐして、さっぱりしてからお弁当を頂きました。今回の大会ではこの温泉入浴券のほかにも、記念品としてトレーナーシャツ、ピンバッジを頂き、スープ2杯とおつまみ、お茶にお菓子、お神酒に菜の花などいろんなものが無料提供されてました。山川漁港からカツオスープの提供もあり、更には削り節まで頂きました。旅費や宿泊費はそれなりに掛りますが、提供されるサービスは参加費を上回る内容であり、スタッフの方々の親身な応対も快くて、総じて楽しめた大会でした。また来年も挑戦します!
 

いぶすき菜の花マーチ(4)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 1月28日(水)18時08分19秒
返信・引用 編集済
  護岸道のコースには3kmや7kmのコースも設定されていて、高齢の方々や体の不自由な方々がこのコースを私たちとは逆向きに歩いていました。挨拶を交わしあいながら進みます。更に進むと温泉街の海岸通りに出て、ここには名物の砂蒸し温泉があり、観光客で賑わうその横をさっさと通り過ぎて行きます。10時半頃だったと思いますが、こんな時間に砂蒸し風呂に入ってるなんて、チェックアウト前にひと蒸ししていくんでしょうか、なんて余計なお世話でしたね。
その海岸通りが終了すると街中に入り、今度は最後のチェックポイントがある指宿駅を目指してひたすら歩きます。
でもそろそろ疲れてきましたし気持ちも少々ダレ気味です。そんな心理を読み取ってか、途中で菜の花のブーケをプレゼントしてくれるブースがあり、心がなごみます。
菜の花を片手に指宿駅に到着。トイレを済ませて頂いたお茶とお菓子を食べつつ、せっかくだからそこにある足湯につかろうかなと思いましたが、考えてみたら昨日使わなかった温泉入浴券があるから今日はゴール地点で温泉に入れるんだと分かり、先を急ぐことにしました。
駅前で同じように信号待ちしている人々を見ると、なんとその中に20kmコースのリーダーが旗を持って立っています。ということは先頭グループに追いついたということです。これは張り切らざるを得ません。疲れも何も最後の2kmだと思い、我武者羅にリーダーの背中を見つめつつ歩きました。このリーダーがラストで早いこと早いこと、多分時速7kmくらいは出してます。本人は5.5kmから6kmと言ってましたが、ラストスパートをかけたと思います。結果、リーダーに続く参加者の3番目にゴールできました。時間は204分(3時間24分)でした。山道があった割には早いペースで来れたのは、下りの山道を小走りに駆け抜けたこととラストの怒涛のゴールがあったからでしょう。今日は昨日ほどには写真も撮りませんでしたから。
 

いぶすき菜の花マーチ(3)

 投稿者:Ca22  投稿日:2009年 1月28日(水)17時28分52秒
返信・引用 編集済
  翌25日も午前5時半に起き、6時20分の列車で指宿に向かいました。鹿児島市内は小雨模様でしたが指宿では降雨はなく、雲の切れ間から次第に日が差してきました。なんとか合羽を着用せずに済みましたが、それだけでも上出来というものです。
この日の開会式では千歳市長の挨拶があり(そこで指宿との姉妹都市のことが分かったのですが)、一緒にウォーキングするとのことでした。千歳から来た方々の掛け声を合図に8時半に出発、今日は鹿児島湾(錦江湾)を眺めながら歩く20kmコースです。昨日25㎞を歩いた人のほとんどがこのコースに挑戦してました。おもしろいことに昨日45km歩いた人たちの大部分が、今日は30kmコースを選んでいます。後で発表された参加人数では、30kmコースが755名、20kmが1593名、10kmが1791名、7kmが817名、3kmが260名、合計で5216名となっていました。2日間で延べ10224名が歩いたことになります。
今日も最初は山登りとなります。「ふれあいプラザ」のすぐ近くにある魚見岳頂上を目指して、約2.5kmの上り坂を休まず歩いていきます。途中で今回一番遠くから来た北海道の美幌町の方と話しながら坂を登って行きましたが、昨日よりは楽な感じの坂というのがお互いの感想。北海道の食べ物についてひとしきり話しをしてから、「お先に」ということでスピードを上げ、頂上のチェックポイントで「芋飴」を頂いてから下り道にかかります。
登りは息が上がるきつさがありますが、下りは膝に負担がかかるきつさがあります。登りは大股でしっかり踏みしめるように歩き、腕は前後に真っすぐに振り、下りは小股で小刻みに小走りするようにして、腕は左右に振る、というのが私なりに体得したコツです。それでも膝への加重は大きく、古傷が痛んできます。こんなことなら距離は長くても平坦なコースだった30kmを選んだほうがよかったかなと、チラと思ったりしました。
山道を過ぎると、篤姫のロケ地として有名となった知林ヶ島を眺めながら海岸沿いの道を歩き、さらに護岸道を進みます。東京から参加したという方と話しをしながら進みましたが、なんとものんびりした素晴らしい景色です。
 

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